"追い出した妻の味を食べる夫" 第20話
オオタニ・フードクリエイトへの弁当納品は、今も続いている。
毎。
赤いシールは度と貼られることはなく、どの箱にも同じ唐揚げや、同じ鯖の噌煮が詰められている。
の付箋が戻ってくることも、度となかった。
宮本さんからの報告によれば、社は今も毎、鳥鉄の弁当を黙々と平らげているという。には崎君が焼いたし焦げ目のある肉が届き、には私が仕込んだ汁巻き卵が届く。
健は何も言わず、ただのの顧客として、その弁当を胃袋に収めているらしかった。
鳥鉄は、順調だった。
駅の再発エリアに、願だった号のが決まり、私はその舗のを任されることになっていた。
「み咲ちゃん、これ、舗の契約ね」
良子さんが嬉しそうにお茶をしてくれる。
「ありがとう、良子さん。将、号の厨器のリース、相見積もり取って割げられましたよ」
「おう、さすがだな。もう俺が教えることは何もねえよ」
鉄さんが目を細めて、豪に笑った。
厨にはしく入った若いアルバイトの女の子が、にキャベツの千切りをしていた。
私はその背を見つめながら、かつて自分が教わった言葉を、静かに伝えた。
『誰かのためにご飯を作るのは素らしいこと。でもね、誰かに尽くすために自分を消しちゃいけないよ。
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このは、をばせると同に、自分自をかすためのなんだから』
女の子たちが「はい!」と元気に返事をする。
その声を聞きながら、私はエプロンをした。
今は、の第曜。
優の、回目の命だった。
郊の丘のにある霊園は、満を過ぎた桜のびらが、に吹かれて静かにい散っていた。
桶と柄杓をに、緩やかな坂を登っていく。
優の眠る墓が見えてきた、私はを止めた。
墓には、すでに真しいい百のが供えられていた。
そして、墓のに、黒いコートを着た男が、静かにをわせてっていた。
健だった。
こののに、髪が段と増えていた。かつての威圧はなく、どこにでもいる、し背の丸まった初老の男の姿だった。
私が砂利を踏む音に気づき、健がゆっくりと振り返った。
目がった。
お互いに、驚き配るような素振りはなかった。
「……来ていたのね」
私が声をかけると、健はさく頷いた。
「ああ。午に、しができたからな」
私は墓にみて、線にをつけた。煙がの青空に向かって、本の細い糸のようにちっていく。
「優、お母さんだよ。今も元気にやってるよ」
ので語りかける。
議なほど、胸の奥は静かだった。
涙はなかった。優の笑顔は、もう痛みではなく、私をへませる温かい灯として、胸のにしっかりと根付いていた。
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をわせ終えた、私は持ってきたさな呂敷包みを解いた。
から取りしたのは、皮で編んださな弁当箱だった。
「……それ、弁当か?」
健が、しれた位置から慮がちに尋ねてきた。
「ええ。起きしたから、分作ってきたの。優と、私の分。……べる?」
健は目を見張り、それから恐縮したようにさくをげた。
「……もらえるなら、ありがたい」
墓所の脇にあるのベンチに、私たちは腰をろした。
隣りって座るのではない。
分以の隙をしっかりと空けて、お互いの肩が触れわない距を保ったまま。
復縁することは、ない。
昔のような夫婦に戻ることも、親しい友になることも、決してない。
私たちは、の娘をし、の娘を同に失ったという、取り返しのつかない過を共するだけの、ただの「古いりい」だった。
だが、その距こそが、今の私たちにとって最も誠実で、最も穏やかな所だった。
皮の蓋をけると、には俵型のおにぎりと、定番のおかずがしずつ詰められていた。
真んには、艶やかな黄の卵焼き。
健は割り箸を割り、ためらうように卵焼きを切れつまみげた。
じっと見つめてから、に運ぶ。
もぐもぐと咀嚼し、喉へ落とした健が、ふと眉をかした。
「……昔のと、し違うな」
「わかる?」
私はおにぎりをかじりながら、微笑んだ。
「汁の量をし減らして、将に教わったみりんをししたの。めてもパサつかないように、入れの最にほんのしだけ余で蒸らすようにしたのよ」
健はもう、卵焼きをべた。
そして、静かに言った。
「……こっちのほうが、美いな」
その言葉を聞いた瞬、私の胸のに、柔らかなが吹き抜けていった。
、喉からがるほど欲しかった、夫からの承認の言葉。
自分の価値を証するために、必で求めていた賞賛。
だが今の私は、その言葉にすがりつく必はどこにもなかった。
嬉しがるでもなく、得げになるでもなく、私は青く澄み渡るの空を見げながら、ただ当たりの事実として、穏やかに頷いた。
「ええ。私も、そううわ」
桜のびらが枚、皮の弁当箱の端にふわりと落ちた。
が吹き抜け、々がよい音をてて揺れる。
私は箸を置き、きく息を吸い込んだ。
しいが始まる。
も、も、私のはたくさんの料理を作り、たくさんの々の常を支えていく。
自分のでち、自分ので切り拓く、私のしいが、どこまでも続く青空のへと広がっていた。