"廃墟旅館の双子と初恋の再会" 第15話
だが――最の壁としてちはだかったのは、やはり『集客』の問題だった。 いくら建物が綺麗になったところで、温泉全体がんでいる現状では、わざわざこの奥の宿を選んでやってくる観客などいるはずもなかった。 俺はスマートフォンの画アプリを使い、温泉の泉質の良さや、リフォームの過程をショート画にして発信してみたが、再回数はどれも数回程度でピタリと止まり、まったく応えが得られずにいた。
そんなあるの夜のことだった。 パソコンのでを抱えていた俺を見かねて、子どもたちを寝かしつけた絵里が、マフラーを首に巻いて声をかけてくれた。
「……虎次郎君。気分転換に、し夜のお散歩でもかない?」
夜の過ぎ。 シンと静まり返った温泉のメインストリートを、俺と絵里は並んでゆっくりと歩いた。 吐く息がく夜空にちり、澄み切った空がに広がっている。
「私たちが学の頃はさ……このでも、浴を着た観客のたちが駄の音をカランコロン鳴らして歩いてて、すごく賑やかだったよね」 絵里がポケットにを突っ込み、懐かしそうに並みを見渡した。 「夜は酔っ払ったがいから、子どもは暗くなったら絶対にからちゃ駄目だぞって、酸っぱく言われてたのにね。
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……今じゃ、観客どころか、野良猫ちゃんたちの方が圧倒にいんだもんね」
通りの端の側溝から、黒い野良猫がひょっこりと顔をした。 絵里が「おいで」としゃがみ込んでを伸ばすと、猫は警戒してササッとのへ逃げていってしまった。 「あ、逃げちゃった……。もうちょっと懐っこければ、うちの板猫にスカウトできるのにね」 「はは、猫のも借りたいくらいだけどな」
苦笑いしながら、俺は通り沿いを流れる清流――温泉のを流れる渓流へと線を向けた。 岩肌のから、源泉の湯けむりがく、モクモクとちっている。 そのちる湯けむりを、え切ったの夜の空気と、原にうっすらと積もった初が包み込み、の古びた灯のオレンジのが、面とを淡くに照らししていた。
「……綺麗だな」 俺はわずを止め、呟いた。 「こんなに息を呑むほど美しい景なのに……見るが誰もいないなんて、本当にもったいないよな」
俺は何の気なしにポケットからスマートフォンを取りし、カメラを向けた。 夜の寒さで連れせなかった千尋に、起きたら「パパと絵里ちゃんで、こんな綺麗なと温泉の川を見てきたんだぞ」と見せてやるために。 カシャリ、と静かなシャッター音が響く。 湯けむりと、と、オレンジのが織りなす奇跡のようなコントラストが、画面のに美しく収まった。
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「ついでだ、いつものSNSアカウントにも載っけておくか」 俺はハッシュタグを適当につけ、写真を投稿した。
「もう、虎次郎君ったら! 気分転換のお散歩なのに、すぐ仕事のこと考えちゃうんだから!」 絵里がぷくーっと頬を膨らませて叱ってくる。 「こんなことなら、どこかの居酒で燗でもめばよかったね」 「お、いいね! 今からでもくか?」 「駄目だよ! 結菜たちをおばさんに任せててきたのに、母親が夜にお酒んで帰るわけにいかないでしょ。虎次郎君は昔から、そうやって適当なことばっかり言ってさあ」
絵里はクスクスと笑いながら、を歩きした。 「昔からそうだったよね。『丈夫、丈夫!』って叩いてみんなを巻き込んで……本当に丈夫だったことなんて、回もなかったんだから」 「おいおい、聞きの悪いことを言うなよ! 俺がいつそんな無責任なことしたって言うんだ!」 「覚えてないの!? 学のクリスマスの、神社の狛犬に赤い着せて、にツノつけて『トナカイ』にした事件!」
「ぶふっ……!」俺はわず吹きした。 「あったなぁ、そんなこと! あれ、当芸クラブだった絵里ちゃんが、メジャー持って神社の狛犬の胸囲と首回りをきっちり測って、特製の赤いを縫いげてくれたんだろ! 神仏習どころか、神とキリスト教の垣根を超えたハイブリッドな芸術だっただろ!」
「何が芸術よ! 神主のお爺ちゃん、顔真っ赤にして激したじゃない! 『神聖な狛犬をバカにしおって!』って!」