"廃墟旅館の双子と初恋の再会" 第7話
野良猫やタヌキ、ハクビシン程度ならまだいい。だが、この辺りのには、凶暴な『野の猿』が没するという回覧板が回っていた。 もし、子連れの凶暴な猿が、この荒れ果てた廃墟をねぐらにしていて、侵入者である俺たちにを剥いてびかかってきたら――。
俺はとっさに千尋のにちはだかり、娘を背に庇うようにして構えた。 「千尋、パパのろに隠れてろ……!」
スマートフォンのライトを、音のした廊の角へと向ける。 暗の向こうから、ペタ、ペタ、と素がたい板を踏みしめる湿った音が、ゆっくりとづいてきた。
そして――。
「……どこ……へ……連れてくの……?」 「……返して……私の、子どもたちを……返してぇぇ……」
の輪のに現れたのは、物などでは断じてなかった。 聞こえてきたのは、喉の奥から絞りされたような、女の掠れた怨嗟の声。
照らしされたその姿を見た瞬、俺の全の毛穴が逆ち、血の気が気に引いた。 ボロボロに引き裂かれたような汚れた。 に垂れがった、入れのされていないく乱れた黒髪。 その黒髪の隙から覗く、狂気のように見かれた落ちくぼんだ瞳と、のように青く痩せこけた頬。 元はおぼつかず、まるで力に逆らうようにフラフラと体をに揺らしながら、両をへと彷徨わせている。
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それは――誰もがテレビや映画でイメージする、ザ・本の『幽霊』そのものの姿だった。
「ぎゃああああああああああああっっ!!!」
俺はので最もきな、けない絶叫をげたのだった。
「ぎゃあああああああっ!! たぁぁぁぁっ!!」
俺の渾の鳴が、廃墟の暗い客いっぱいに轟き渡った。 あまりの恐怖に臓が止まるかとった。腕のに抱いていた女の子も、その迫力に圧倒されたのか、幼いながらに命の危をじ取ったようで、先ほどまでの激しい号泣をピタリと止め、息を呑んで固まってしまった。千尋が抱えていたもうの子も、同様に静まり返っている。
だが――そんな極限のパニック状態の俺の元で、信じられない声が響いた。
「キャッキャッ! あはは! パパ、みてみて! ゾンビだよ! ほんもののゾンビだぁー!」
千尋だった。 恐怖に震えがる俺を尻目に、娘は目を輝かせ、ピョンピョンとびねて歓声をげているのだ。 当、千尋はある若イケメン俳優が主演を務める、終末世界を台にした発のヒットゾンビドラマにドハマりしていた。曜の夜になるたび、テレビのにかぶりついて見ていた悪響が、最悪の形で発揮されていた。 千尋はゾンビを怖がるどころか、で見物しようと、むしろ自らその怪異に向かって歩み寄ろうとする。
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「こら! 千尋、づいちゃ駄目だ! あれはゾンビじゃない! 本物の幽霊、お化けの類だ!」 俺が千尋の襟首を引っ張り戻すと、千尋はそうにを尖らせた。 「えー? ゆうれいなの? じゃあ、噛まれても千尋、ゾンビにならなくて済むよね? なら噛まれても丈夫じゃん!」 「そっか、じゃあ噛まれても……って、なるかバカ! どっちにしてもぬほど危ないんだよ!」
俺たちがそんなコントのような騒ぎを繰り広げているにも、ペタ……ペタ……と、その怪異との距は容赦なく縮まってきていた。 「ほら見ろ! 千尋が逃げないから、こんなくまで来ちゃったじゃないか!」 って逃げしたいのは々だった。だが、俺の腕には赤ん坊が、千尋の腕にも赤ん坊が。元の悪い崩壊寸の廃墟の廊を、子どもを抱えた状態でダッシュすることなど物理に能だった。
(くそっ……! 話が通じるタイプの幽霊であってくれ……! どうか見逃してくださいって、座してお願いするしかない……!)
俺が覚悟を決め、スマートフォンのライトを向けながら、「あの、どうかお許しを――」とをきかけた、そのだった。
怪異が、ふっとち止まった。 黒髪の隙から覗く落ちくぼんだ瞳が、ライトののでパチパチと瞬きを繰り返す。 そして――乾ききった唇から、掠れた、けれど確かに聞き覚えのあるイントネーションで、信じられない言葉が零れ落ちたのだ。
「……虎次郎……君……?」
「……え?」
静寂が、部を包み込んだ。 俺の名? 幽霊が、なぜ俺の名をっているんだ? 俺はおそるおそる、スマートフォンのライトの角度をげ、その女性の顔全体を正面から照らしした。