"廃墟旅館の双子と初恋の再会" 第5話
旅館が営業を止してから、今でちょうどが経つ。 両親は、父の代で潰してしまったこの旅館に対して、あまりにもい着と無さを抱えていたため、営業を止して以来、本館の扉を固く閉ざし、入れはおろかを踏み入れることすら切してこなかったと聞いている。いの詰まりすぎた所に正面から向きう覚悟が、まだ両親にはついていなかったのだ。
とはいえ、たったのだ。 俺が子どもの頃、何百ものお客様が笑顔でき交い、線の音や宴会の歓声が響いていたあの景から、そう劇に変わっているはずがない――のどこかで、そうを括っていた。 だが、現実はあまりにも無慈だった。
を当てた壁のあちこちから、漏りのせいか黒カビが巨な染みのように広がり、砂壁がボロボロと剥がれ落ちていた。 元の廊の板は湿気を含んでブヨブヨと波打ち、歩踏みしめるたびにギィ、ギィと吉な軋み音をてて沈み込む。井の膏ボードは所々が抜け落ち、むきしになった断材が、まるで朽ち果てた怪物の内臓のように垂れがっていた。
がまなくなり、空気が循環しなくなった建物というものは、これほどまでに急速に荒れ果て、んでいくものなのか。 子どもの頃の記憶にある、温かく輝いていた実の変わり果てた姿を目の当たりにして、俺は言葉を失い、胸を激しくえぐられるような痛みにち尽くしそうになった。
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だが、今は傷に浸っているではない。刻もく千尋を見つけさなければならなかった。 「ちひろー! どこにったんだ! パパらないから、返事してくれ!」
声を張りげながら、かつて厨やパントリーとして使われていたバックヤードを通り抜け、客が並ぶ渡り廊へとんでいく。 そのだった。 埃っぽい空気の向こうから、かすかな音の気配が届いた。
――……ママ……。
「え……?」 俺はピタリとを止めた。 何と言っているのか、最初は聞き取れなかった。だが、確かにの声だった。 千尋の声だろうか。いや、それにしては声のトーンがく、もっと幼い、頼りなげな響きだった。
「千尋か!? 今、そっちにくぞ!」
俺は元に散乱する障子の残骸をび越え、声を頼りにでんだ。 廊の奥、半分れかけた襖の隙から、黄いが漏れている。千尋が持っていたさなライトのかりだ。 俺は襖にをかけ、気に引きけた。
「千尋! 探したぞ、勝に奥にっちゃ駄目だろ――」
鳴り散らそうとした俺の言葉は、喉の奥で完全に凍りついた。 俺の配と焦燥をよそに、部の真んにしゃがみ込んでいた千尋が、振り返って満面の笑みを浮かべたからだ。その瞳は、まるで宝箱をけた子どものように、キラキラと輝いていた。
「パパ! みてみて! あかちゃんだよ!」
千尋の元に照らしされたその所を見て、俺の臓は激しくねがった。
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千尋の言葉に、何つの嘘も誇張もなかった。
俺たちの目の、破れかけた古畳のに置かれた煎餅座布団のに、を寄せうようにして丸くなっていたのは――どう見ても、まだ歳半か歳に満たないくらいの、信じられないほどさなの幼児だった。 それも、瓜つの顔ちをした、双子の女の子。
「……マ、マ……」
のさな唇から、乾いた掠れ声が漏れていた。 さっき廊に響いていた声は、千尋のものではなく、この子たちが母親を求めて泣いていた声だったのだ。 着ているは毛玉だらけで、所々がやべこぼしで黒ずんでおり、季節れのの袖シャツ枚きりだった。はえ切っているのか、赤に変し、刻みにガタガタと震えている。
「ふたりとも、すっごくいねえ……!」
千尋は警戒など微も見せず、まるで好きなぬいぐるみに触れるかのように、そっとのさな体にづき、さな両腕でぎゅっと優しく抱きしめた。 抱きしめられたの幼児は、寒さのせいか、それとも誰かの温もりに飢えていたのか、千尋の首元にさな顔を埋めてを寄せた。
「か……い……」
娘のあまりにもらしい姿と、幼子たちの無防備なささに、俺の親バカ脳が瞬だけ作してしまった。