"廃墟旅館の双子と初恋の再会" 第1話
「おい、千尋! 待ちなさい! そっちにっちゃ駄目だ!」
枯れを踏みしめる乾いた音が、静まり返った夕暮れの空気に鋭く響き渡る。 俺は息を乱しながら、方をさな背を揺らしてっていく娘の姿を追いかけていた。
の空はすでに赤黒い夕焼けに呑まれかけており、あいの温泉特のたいが、急激に元からいがってきている帯だった。ひやりとした晩のが首筋を撫で、吐きす息がかすかにく濁る。 娘の千尋(ちひろ)は、今で歳になる。幼稚園の制を脱ぎ捨てて着替えたばかりの赤いウインドブレーカーの裾をひらひらと羽ばたかせながら、まるで何かにく引き寄せられるかのように、壊れかけた製の扉をすり抜けていってしまったのだ。
その先にあるのは、かつて勢の湯治客で賑わっていた、俺の実の温泉旅館だった。 だが、今となっては見るもない。正面玄関の巨な庇は腐して傾き、板の文字はに晒されてペンキが剥げ落ち、割れたガラス戸の隙からはびっしりと蜘蛛の巣が張っている。完全にが止まり、自然へと還りかけている巨な廃墟だった。
「千尋! 危ないから止まりなさい!」
俺は胸元を押さえ、軋む膝に鞭を打って、踏み割られたベニヤ板の隙から館内へとび込んだ。
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の夕暮れのかりは分い遮カーテンと埃まみれの戸に遮られ、歩を踏み入れた瞬、そこは濃密なと黴の匂いに支配されていた。 じめじめとした気が首にまとわりつき、腔の奥に古い畳の腐った臭気と、湿った材の埃がツンと突き刺さる。
千尋の姿は、すでに暗いエントランスのどこにも見えなかった。 「ちひろ……! どこにいるんだ!?」
元に散乱する割れた蛍灯の破片や剥がれ落ちた壁の残骸を踏み砕かないよう、慎につま先を着させながら、俺は声を震わせて呼びかけた。 臓が鐘のように肋骨を内側から叩いている。もしが踏み抜けてのボイラーにでも転落していたらどうする。もし腐った梁がに崩落してきたらどうする。最悪の像ばかりが脳裏を駆け巡り、背筋に嫌な汗がじっとりと滲みしていった。
そのだった。 しんと静まり返った廃墟の奥、かつて宴会へと続いていたい渡り廊の向こうから、の音とは違う、何かがさく擦れうような気配が届いた。
――……ん……ま……。
途切れ途切れの、ひどく頼りない、微かな声だった。 千尋の声ではない。もっと幼く、舌らずで、消え入りそうな泣き声にい響き。 俺はわず息を呑み、を澄ませた。 鳴りか、あるいは建物の軋み音かともったが、確かにそこにはのを示す波があった。
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「千尋……そこにいるのか!?」
俺はスマートフォンのライトを慌てて点灯させ、いの筋を方のへと投げかけた。 照らしされたのは、あせた赤絨毯がところどころ捲れがり、埃が何層にも堆積したい廊だった。埃の積もったのには、真しいさなスニーカーの跡が、点々と奥へ向かって続いていた。千尋の跡だ。
俺はその跡を線で追いながら、で奥へとんだ。 突き当たりの襖が半分ほどれ、斜めに傾いて隙を作っている。その奥にある畳ほどの旧客から、ほのかなが漏れしていた。千尋が持っていた子ども用のさなキーホルダーライトのかりだった。
襖の隙にをかけ、ギギギとな音をてて引きけた瞬、俺はち尽くした。
「千尋……!」
俺の堵と叱責が入り混じった叫びをよそに、部の真んにしゃがみ込んでいた娘は、振り返りもしなかった。 千尋は持っていたさなライトを両でしっかりと掲げ、その丸い瞳を、まれて初めて見る宝物でも見つけたかのように、きらきらと眩いばかりに輝かせていたのだ。 そして、さな唇をほころばせ、息を弾ませてこう呟いた。
「パパ……! あかちゃんだよ!」
千尋の細い指先が照らししたのは、部の隅、破れた障子のすぐだった。 そこには、埃を避けるようにしてねられた汚れた座布団のに、を寄せうようにして丸まっている、つのさな塊があった。