"二年間買い続けた夫の浮気相手" 第21話
健の会社は相変わらず資繰りに苦しんでいるようだが、細々と営業を続けているらしい。 あの男が今、誰と暮らし、誰にどんな嘘をついてきているのか、私にはもうる由もなかったし、りたいともわなかった。
私のネットショップ『YOU』は、派さはないものの、毎定した注文が入るようになっていた。 ではが回らなくなり、所にむ美の女の子に、週にほど梱包と発送のアルバイトを伝ってもらうようになっていた。
ある曜の午、パソコンの管理画面をくと、規の注文通が件、点滅していた。
注文されたのは、作としてアップしたばかりの、真鍮でできたさなドングリのモチーフがついた子供用のキーホルダーだった。 通園バッグやランドセルにつけるような、素朴でらしいデザイン。
購入者の名欄を見て、私の指先が止まった。
そこには、のようなアルファベットの『MIHO』ではなく、漢字で、フルネームが記されていた。
――田 美穂。
届け先の所は、静岡県内の沿いのアパートだった。 ブラックリストの遮断設定は、あの児童公園のの夜、私自ので静かに解除していた。
注文フォームの備考欄には、いメッセージがだけ添えられていた。
『から、しい保育園に通います。これが、お客様としてお礼を言わせていただく最のお買い物です。
広告
本当に、ありがとうございました』
私は画面を見つめたまま、しばらくかなかった。
返ボタンを押すこともできた。 無して事務に送ることもできた。
私は作業机に向かい、棚からドングリのキーホルダーを取りした。 傷がないか丹に確認し、柔らかい布で磨きげる。 さな箱に収め、若のリボンを丁寧に結んだ。
そして、添え状のカードを枚、元に引き寄せた。
、私が震えるでいた「あなたの毎が穏やかでありますように」という言葉は、もうかなかった。 ペンをらせる私の指先に、迷いはなかった。
『彼がになった、誰かを傷つけることで自分のされる価値を証しなくて済みますように』
カードを箱の隙に滑り込ませ、蓋を閉めた。 伝票を貼り、発送用のコンテナのに静かに収める。
これで、すべてが終わったのだ。 奪った女と、奪われた女。 傷つけた側と、傷つけられた側。 同じ男の歪んだ鏡に閉じ込められていたの女は、それぞれの現実へと、完全に歩みっていった。
翌週の曜、私は再び、あの学病院の敷を歩いていた。
半に度の、定期検診のだった。 診察で担当医から「今回も完全にクリアです。傷の状態もとても綺麗ですよ」と太鼓判を押され、私は軽い取りで会計を済ませた。
広告
へると、の柔らかな差しが、病院の桜並をく照らしていた。 が吹くたびに、びらがひらひらとい落ち、アスファルトのを転がっていく。
ふとを止め、庭の向こうにそびえつ、古い病棟を見げた。
階の、側の角部。 、私が子宮全摘の術を受け、麻酔から覚めたばかりのベッドで、絶望の底に突き落とされたあの病だった。
あの、健は私を見ろして言った。 『もうおは女じゃないんだよ』
その言葉はい、私の腹部に埋め込まれた錆びた釣り針のように、体をかすたびに痛みを撒き散らしていた。 私は女ではなくなったのか。 子供を産めない体には、きている価値がないのか。 誰かにされる資格は、もう度とに入らないのか。
私はのスプリングコートのから、腹部にそっとを当てた。
皮膚のにある、本の真っ直ぐな術痕。 それはもう、疼きもしなければ、も持っていなかった。 ただ、私が命の危を乗り越え、今までき延びてきたことを証する、静かな記碑のようにそこにあった。
――私は、女だろうか。
ので問いかけてみて、ふいに、さく笑いがこぼれた。
そんなこと、もうどうだってよかった。
誰かに「女である」と認めてもらう必もなければ、誰かの妻や母という板にすがる必もない。
私は、私というのとして、自分のでち、自分のでを削り、自分の稼いだで飯をい、自分の志で誰かを許さないと決めた。
それで分ではないか。
胸ポケットので、スマートフォンがトントンと気よいリズムで震えた。
取りして画面を見ると、ショップのレビュー欄に、しい投稿が件届いていた。 購入者は見らぬ誰か。昨発送したばかりの、さなシルバーリングの購入者だった。
『今、歳の誕に自分へのプレゼントとして届きました。指にはめると、なんだかしだけ背筋が伸びるような気がします。素敵な作品をありがとうございました。切にします』
レビューのつのマークが、のを浴びてキラキラと輝いているように見えた。
「……よし」
私はスマートフォンをポケットにしまい、く息を吸い込んだ。 たいのに、微かに混ざるのの匂い。
私はヒールの音をアスファルトに響かせながら、駅へ向かう桜の坂を、を向いて歩きした。