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"学費120万円をくれた伯父と、土地を狙う伯父" 第10話

周りについてこうとして、分からないことを分からないまま抱え込んだ期もありました。

ある、確認からさなミスをねました。

きな損害にはなりませんでしたが、私は自分がけなくなりました。

帰宅してから、辞めて元へ戻ろうかと何度も考えました。

それでもすぐには決めませんでした。

学へめたからには、京にしがみつかなければならないわけではありません。

反対に、度つまづいたから全部失敗になるわけでもありません。

私は初めて、自分が何を続けたいのかを考えました。

その会社には3勤めました。

最の1は、分からないことをめに確認する習慣をつけました。

失敗を隠さず、仕事を1つずつ覚え直しました。

それでも、自分には別の環境の方がうと判断しました。

私は転職することにしました。

次の職では、より落ち着いて働けました。

収入が急にきく増えたわけではありません。

ただ、毎の活費を払い、奨学の返済を続けても、しずつ貯できるようになりました。

25歳を過ぎた頃から、私はしい座を1つ作りました。

そこには、公平おじさんへ返すためのおだけを入れました。

毎の額は定ではありませんでした。

余裕のあるはめに入れました。

冠婚葬祭や急な費があったは、なくしました。

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切なのは無理をして活を壊すことではなく、途でやめないことだといました。

残が増えるたび、18歳のがしずつづいてくるようにじました。

転職して最初の、蔵庫が故障したことがありました。

修理代と買い替えを考えると、返済の座へ入れる予定だった分を回したくなりました。

私は、そのだけ積みてを止めました。

けれど、すでに入れたおにはをつけませんでした。

く返すために活を無理に切り詰めれば、別の誰かへ頼ることになります。

おじさんがけてくれた扉の先で、自分の暮らしを自分で支えることも返す準備の部だとうようになりました。

母とはに何度か話をしました。

公平おじさんの話も々ました。

養豚は続けていると聞いていました。

おばがくなったには、私も元へ帰りました。

そののおじさんは親族に囲まれていたこともあり、1で暮らすまで私に見せませんでした。

私も仕事へ戻れば、以と同じように話をするだけになりました。

もっと頻繁に様子を聞けばよかったと、からいます。

ただその頃の私は、おじさんにはおじさんの活があり、私がをす必はないとっていました。

助けてもらった恩があるからこそ、必以に踏み込んではいけないとも考えていました。

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28歳になった、返済の座の残が120万円を超えました。

私は通帳を見ながら、しばらくけませんでした。

10、卓のに置かれた封筒と同じ額です。

ようやく返せる。

そううと、胸の奥にく残っていた宿題が終わるようでした。

私は母に話をしました。

「公平おじさんに、おを返しにこうとう」

母はすぐには返事をしませんでした。

「本には連絡したの?」

「まだ」

「どうして?」

「驚かせたいから」

母はし笑いました。

「そういうところ、昔から変わらないね」

私は職へき、休暇を取れるを確認しました。

6の終わりに、3まとまった休みが取れました。

の切符も買いました。

おじさんにはまだらせませんでした。

渡しするためのしい封筒も用しました。

10にもらったものと、同じ額を入れるつもりでした。

発の夜、私は座から120万円を引きし、何度も額を確認しました。

封筒を鞄の奥へ入れると、ようやく肩の力が抜けました。

これで、あのの借りを返せる。

私はそう信じていました。

翌朝、京をるに乗りました。

窓のの建物がしずつくなり、見慣れた畑が増えていきました。

私は10ぶりに、公平おじさんのへ向かっていました。

けれど、その帰郷が私が考えていた恩返しとは全く別のものになることを、このの私はまだりませんでした。

6の終わり、私は10ぶりに故郷の駅へりました。

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