"解雇された職人が未明に餡を練る" 第21話
だったのだ。
それから、ヶが過ぎた。
の半ば、には初がい始めていた。 商を歩く々はコートの襟をて、吐く息をく染めながらにき交っている。
「柳堂」のあった所ので、私はを止めた。
かつて掲げられていたきなの板は、綺麗に取りされていた。 正面のきなショーケースは撤され、通りに面した格子窓の奥には、さなの丸テーブルと、脚の子が置かれている。 かつての名残を残す引き戸の脇には、控えめな真鍮のさなプレートが掲げられていた。
『菓寮 柳 (※予約制・菓子教)』
ガラガラと引き戸をけると、ばしい焙じ茶のりと共に、微かな豆の匂いが漂ってきた。
「こんにちはー」
私の声に、奥の厨から「はーい」とるい声が返ってきた。 顔をしたのは、藤子さんだった。 以のような褪せた割烹着ではなく、るい黄緑のエプロンをにつけている。その表は驚くほど若々しく、頬には健康な赤みが差していた。
「あら、美咲ちゃん! 寒かったでしょう、入って入って」
「お邪魔します。藤子さん、今はお教ですか?」
「ううん、今は午で終わり。所の学たちが来てね、練り切りを作っていったのよ。みんな形がめちゃくちゃで、笑いしちゃった」
藤子さんに促されてへ入ると、奥の縁側に、差しを浴びて座っているがあった。
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子さんだった。 かそうなウールのカーディガンを羽織り、膝のに丸まった茶トラの猫を撫でている。 帳に座っていた頃の張り詰めた威厳はすっかり抜け落ち、所にむ穏やかなおばあさんの顔そのものだった。
「美咲さん、いらっしゃい。しい仕事はどうだい?」
「はい、駅のスーパーの事務ですけど、定で帰れるので体はすごく楽です」
「そうかい、よかったねえ」
子さんは目を細めて微笑んだ。 その元、縁側のさな丸盆のには、仙台からの消印が押された枚の絵葉が置かれていた。
『母さん、藤子さん。 仙台の寒さにも慣れてきました。以の会社に契約社員として拾ってもらえ、来からしい物流センターの配担当になります。腕の傷跡はし残りましたが、ハンドルを握るのには全く支障ありません。今度、正の連休に、向こうの美い笹かまぼこを持って帰ります。 健太』
葉の余には、ぎこちないきで描かれた、トラックのさなイラストが添えられていた。
「健太くん、元気そうですね」
私が言うと、子さんは嬉しそうに目を細めた。
「ええ。話の声がね、見違えるように張りがあるのよ。……あの子をこのに縛り付けなくて、本当によかった」
「奥様ったら、昨からその葉を百回くらい読み返してるのよ」
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藤子さんが、湯気のつ湯呑みをつ乗せたお盆を運んできた。 座卓のに置かれた皿には、ぶりな薯蕷饅がつ、ちょこんと並んでいた。
「これ、今子どもたちと作った余り。形は揃いだけど、は奥様のお墨付きよ」
「佐野さん、あんたまた砂糖の量を勝に減らしただろう。し甘みがりないよ」
「これくらいが今の代にはちょうどいいのよ。奥様の舌が昔なだけです」
「何をお言いかい。のを守ってきたのは私だよ」
は顔を見わせ、まるで悪戯が見つかった女のように、声をてて笑いった。
その笑い声を聞きながら、私は温かいお茶をすすった。
ここにはもう、守らなければならないい簾も、誰かを犠牲にする親孝の鎖も、世体という名の怪物もしない。 ただ、のい坂を共に歩き、支えってきたの女が、対等な友として、温かい差しので穏やかな午を分けっている。
縁側の向こうのさな庭に、ハラハラといがい落ちては、静かにに溶けて消えていった。 誰も継がなかったの業は、誰として傷つけない、番優しい形で、このの片隅にその確かな温もりを残していた。