"解雇された職人が未明に餡を練る" 第19話
「でも、親戚から話がかかってきて……『おは息子なのに、母親をでなせる気か』って鳴られた、俺、が真っになっちゃってさ。……怖かったんだよ。親を見捨てるような者だって、みんなに軽蔑されるのが怖かった。だから……『母さんのために』って、美しい言葉で自分を飾りてて戻ってきたんだ」
健太さんは母親の肩を、ぎゅっと抱きしめた。
「俺も……卑怯だったんだよ、母さん。菓子なんて好きでもないのに、伝統を守る気概なんてないのに……『親孝な良い息子』っていう板に逃げ込んで、母さんの本当の苦しみから目を背けてたんだ。……傷をして、鍋を焦がして、ようやく分かったよ。俺は、このをしてなんかいなかった。ただ、られるのが怖くて、必にしがみついてただけだったんだ」
母と息子が、畳ので抱きって泣いていた。 の歳ので、お互いをいやるあまりにかけ違えてしまったボタンが、痛みを伴いながら、ようやくつずつされていく。
藤子さんは、の姿を静かに見つめていた。 その目にも涙が溢れていたが、その表は驚くほど穏やかだった。
彼女はちがり、子さんの傍らに歩み寄ると、そのえ切った肩にそっとを置いた。
「奥様。……もう、いいんじゃないですか」
藤子さんの声は、まるで温かいお茶のように優しかった。
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「もう分ですよ。先代がくなってからの、私たち、も休まずにり続けてきたじゃないですか。誰もあんたを責めたりしませんよ。……もう、簾をろしましょう」
子さんが顔をげた。涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔で、藤子さんを見げた。
「佐野さん……あんた、悔しくないのかい? も尽くしてきて、こんな終わり方で……」
「悔しいわけないでしょう」
藤子さんは、ふふっとさく笑った。
「私ね、奥様とで、夜に豆の煮えるのを待っていたあのが、で番楽しかったんですよ。誰にも邪魔されずに、でくだらない話をしながらべらを振って……。私のはね、あんたに奪われたんじゃない。私が好きで、あんたと緒にきたです」
藤子さんは腕をまくり、自分の割烹着の胸元をポンと叩いた。
「さあ、泣くのはここまで! 美咲ちゃん、お湯は沸いた?」
「あ……はい! もうグラグラ沸いてます!」
に話を振られ、私は慌てて涙を拭いながら返事をした。
「箱分、予約のお客さんが待ってるんでしょう? 奥様、健太くん。最のくらい、胸を張って柳堂の菓子を配りましょうよ。泣き腫らした顔でをけたら、先代に化けてられちゃいますよ」
藤子さんのカラッとした声に、健太さんがさく吹きした。 子さんも、涙を拭いながら、何ぶりか分からないほどの、からの柔らかな笑みを浮かべた。
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「……そうだね。美咲さん、顔を洗っておいで。佐野さん、の番を頼むよ」
「はいよ、奥様」
が作業へと向かう背は、先ほどまでの苦しさが嘘のように、軽やかだった。
午。 厨には、鍋つを使って仕込まれた、最の豆の甘いりが満ちていた。
藤子さんがべらを握り、子さんが隣で砂糖の量を計る。 の呼吸は、の歳が染み付いた阿吽の呼吸そのものだった。加減を告げるい言葉、べらを返す微かな音、そのすべてがつの完成された音楽のように調していた。
健太さんは、だけで器用に豆の選別を伝い、来がった餡をますための番を並べた。 傷の包帯は痛々しかったが、その瞳には、昨までの怯えたは微もなかった。
午。 私は、柳堂のい鉄のシャッターを押しげた。
澄み切ったの青空が広がっていた。たくよい朝のが、先を吹き抜けていく。 シャッターがくと同に、先にはすでに数の馴染み客が列を作っていた。 向かいの茶葉の主、魚の元女将、文具の父さん――のたちが、配そうな、しかしどこか固い表で並んでいた。昨夜のボヤ騒ぎの噂は、すでに広まっていたのだろう。
「いらっしゃいませ」
澄んだ声で客を迎えたのは、帳に座る子さんだった。
の着物に、純の割烹着。