"解雇された職人が未明に餡を練る" 第17話
健太さんのが、をぐしゃりと握りつぶした。
「俺が……俺が傷したからか? 俺が鍋を焦がして、仕込みを台無しにしたから……だから、を畳むのか!? 俺のせいで……のを、俺が終わらせるのかよ!」
健太さんの膝が、音をてて折れた。 痛むはずの腕を胸に抱え込み、に額を擦り付けるようにして、彼は喉をかきむしるような叫び声をげた。
「ごめんなさい……ごめんなさい、母さん! 俺が……俺が余計なことをして戻ってきたからだ! 継ぐなんて偉そうなこと言って、何つできなくて……佐野さんを追いす原因を作って、鍋つ守れなくて……! 俺が、俺が全部壊したんだ……!」
涙とがの板張りにボタボタと落ち、染みを作っていく。 その姿は、を過ぎたの男のものではなかった。ただ親の期待に応えられず、親の宝物を壊してしまったことに怯え狂う、さな子どもの姿そのものだった。
「健太くん!」
作業から駆け込んできた藤子さんが、割烹着のまま健太さんの傍らに膝をついた。
「顔をげなさい、健太くん! あんたのせいじゃない! あんたが悪いんじゃないのよ!」
藤子さんは健太さんの健常な肩を抱きしめ、必に声をかけた。 だが、健太さんは首を激しく横に振り、自分を責め続ける言葉を止めようとしなかった。
「違うんだ、佐野さん……俺が、俺が戻ってこなければよかったんだ! 俺なんかが『親孝』なんていがらなければ、佐野さんと母さんで、ずっとこのを守っていけたのに……! 俺が、母さんののを奪ったんだ……!」
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痛々しくて、見ていられなかった。 親を助けたいという善が、親を楽にさせたいという優しさが、どうしてこれほどまでにをズタズタに引き裂かなければならないのか。
そのだった。
「……ちなさい、健太」
子さんの声が、静かに、しかし鋼のように鋭く響いた。
帳机の向こうから歩みてきた子さんは、に泣き崩れる息子のにった。 そして、ゆっくりと腰を落とすと、健太さんの震える顎にをかけ、引にその顔を持ちげた。
「母さん……」
「付をよく見なさい」
子さんは、健太さんが握りつぶしかけたを指さした。
「そのおらせを印刷したのはね、先のだよ。あなたが仙台から荷物をまとめて戻ってくる、週だ」
健太さんの泣き声が、ピタリと止まった。 藤子さんも、息を呑んで子さんを見つめた。
「……え?」
「廃業届に判を押したのは、あなたが『会社を辞めて戻る』と話をかけてきた翌朝だよ」
子さんの声には、震えも揺らぎもなかった。 ただ、抱え込んできた澱を、つずつ吐きすような淡々とした響きがあった。
「おが傷をしたからじゃない。おが鍋を焦がしたからでもない。……私はね、健太。最初から、この周を最に、柳堂を畳むつもりだったんだよ」
厨の換気扇のい唸りだけが、凍りついた空に鳴り響いていた。
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健太さんは呆然と目を見き、母親の顔を見つめていた。 理解が追いつかない。のの糸が、完全にこんがらがってしまったような顔だった。
「嘘だ……」
健太さんの唇が、かすかにいた。
「だって……母さん、あんなにんでくれたじゃないか。俺が戻るって言った、親戚に話して自して……商のみんなにも、『息子が跡を継ぐ』って、嬉しそうに話してただろ……!?」
「嬉しかったさ」
子さんの瞳が、かすかに潤んだ。 しかし、その元に浮かんだのは、自らを嘲笑うような歪な笑みだった。
「息子が、老いた母親のために仕事を捨てて帰ってきてくれる。世から見れば、こんなにのい親孝はないよ。『いい息子さんを持ったね』『これで柳堂も泰だ』……そう言われるたびに、胸のすくようないがしたさ。でもね、健太」
子さんのが、健太さんの無事な方の肩へと滑り落ちた。 骨と皮ばかりになった老いた指先が、息子のをぎゅっと掴む。
「その『嬉しい』の裏側で、私がどれほど怯えていたか……おには、わかるかい?」
「怯えてた……?」
「怖かったんだよ」
子さんの声が、初めて微かに掠れた。
「先代がんで。借を返すために、毎朝のに起きて、豆を煮て、帳簿をつけて……。が荒れて、腰が曲がって、友達と旅にくことも、しいを買うこともなく、ただこの簾にしがみついてきてきた。