"解雇された職人が未明に餡を練る" 第12話
「ないものを売ることはできないよ」
子さんはペンを置き、老鏡をした。 その目元には、昨までは見られなかったい隈と、落ち窪んだが刻まれていた。 指先が、微かに震えている。机のに置かれた湯呑みの茶は、すっかりえ切って茶の膜が張っていた。
「美咲さん。になったら、残りの取引先にも順次断りの連絡を入れなさい。周の詰めわせは、に並ぶ箱が限界です。……それも、今の夕方まで持てばいい方だろうね」
「諦めるんですか?」
私の喉から、抑えきれない棘を含んだ言葉がびした。
「本当に、これで終わりにするんですか? 健太さんがあんな怪をして、の信用をドブに捨てて……奥様は、それで満なんですか!?」
子さんの線が、ゆっくりと私に向けられた。 るでもなく、取り乱すでもない。ただ、の底のようにを吸い込まない瞳だった。
「入りのあなたに、何がわかるんだい」
「わかりませんよ! わかるわけがありません!」
私は作業へと駆け込み、に転がっていたステンレスのボウルを拾いげた。 昨夜、健太さんが焦がし、炭化させた餡の残骸が、ボウルの底にこびりついている。 真っ黒に焼き付き、無残な悪臭を放つその塊を、私は帳机のに叩きつけるように置いた。
ドスン、とい音がして、伝票の束がわずかにねた。
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「美咲さん、無作法ですよ」
「最初から、分かってたんですよね」
私は子さんの目を真っ直ぐに見据えた。呼吸が荒くなり、臓が肋骨の内側を激しく叩く。
「昨の朝、藤子さんが仕込んでいった餡。奥様、見をしましたよね。べて、何も言わずに片付けさせた。……あの、気づいてたんですよね? あれが健太さんの作ったものじゃないことくらい、奥様が番よくっていたはずです!」
帳の空気が、完全に止まった。 壁掛けの古計のカチ、コチという振り子の音だけが、異常なほどきく鼓膜を揺らす。
子さんは、机のの焦げた豆の塊をじっと見つめていた。 そして、さく、乾いた息を吐いた。
「気づいていたさ」
否定はしなかった。
「あのはね、佐野藤子のだよ。豆の渋を抜ききる寸の、ほんのわずかな皮の苦。砂糖を入れて練りげるの、のひらの返しの癖。……、毎緒にやってきたんだ。わからないはずがないだろう」
「だったら……!」
「だから、鍵を回収したんだよ」
子さんは、机の引きしを静かに引いた。 とが擦れう微かな音のあと、引きしのから取りされたのは――あの配盤の裏に隠されていたはずの、古びた真鍮の鍵だった。
チリン、とたい音をてて、鍵が机のに置かれた。
「あのはね、お好しすぎるんだ。
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追いされたそので、夜けに忍び込んで鍋を振るなんて、そんな甘い真似を許していたら、何のもないじゃないか」
「って何ですか! 藤子さんは、このをにしたくなくて……健太さんがで背負い込めないのをっていたから、自分のプライドを捨ててまで助けに来てくれたんじゃないですか!」
「それが、あの子を殺すんだよ!」
子さんのが、机をく叩いた。 老いたの甲に青筋が浮かび、類がバサリと音をてて崩れる。
「あいつが……藤子が厨の片隅にを残している限り、健太はいつまでも『自分は母親のためにを継がなきゃいけない』っていう嘘の鎖に縛られ続けるんだ! あの子の背を押していたのは孝じゃない、ただの『罪悪』だよ!」
子さんの肩が、激しくしていた。 いつも完璧にえられていた仮面が剥がれ落ち、そこから覗いたのは、血を流しているような母親の々しい苦悶だった。
「……あの子の部のゴミ箱を、見たことがあるかい?」
子さんは掠れた声で言った。
「健太が仙台から戻ってきた次の週だよ。あの子の部を掃除した、机のに丸めて捨ててあったんだ。仙台の会社の社員証と、あの子が担当していた区の物流ルートの再編企画だよ。何枚も、何百もかけて作ったのが目でわかる、付箋だらけの類だった」
子さんは自分の胸元をぎゅっと握りしめた。
「あの子はね、あの仕事が好きだったんだよ。