みかん小説
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"解雇された職人が未明に餡を練る" 第8話

「断ったわよ。何度もね」

藤子さんは静かに首を振った。

「でも、健太くんは聞かなかった。『親を捨てる気か』って親戚に責められる恐怖と、『自分が継がなきゃが潰れる』っていう勝い込みで、あの子は雁字搦めになってたの。戻ってきた健太くんの顔を見た奥様、で泣いてたわよ。『あの子の目をなせてしまった』って」

が混乱した。 それなら、なぜ。

「じゃあ、なんで藤子さんをクビにしたんですか!? 藤子さんがいれば、健太さんの負担だって減るはずです! で支えていけば、健太さんだってしずつ仕事を覚えて――」

「美咲ちゃん」

藤子さんが私の言葉を遮った。 その瞳は、透き通るような厳しさを帯びていた。

「私がいたらね、健太くんは、逃げられないのよ」

「……え?」

「私がこので餡を炊き続けている限り、柳堂は『泰』に見えてしまう。が回って、利益がて、の祝いが成功すれば、健太くんは『ああ、このは続けなきゃいけないんだ。藤子さんがいるうちに、自分がにならなきゃいけないんだ』って、自分を追い詰め続けるのよ」

藤子さんの言葉が、つ、い杭のように私の胸に打ち込まれていく。

「私がいることが、あの子の首を絞める真綿になっていたの。……奥様はね、それに耐えられなくなったのよ」

「だからって……あんな、勢ので晒し者にするような追いし方をしなくても……!」

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勢のじゃなきゃ、駄目だったのよ」

藤子さんはしそうに微笑んだ。

「内輪で『辞めてくれ』って言ったら、健太くんは絶対に私を引き留める。『藤子さんを辞めさせるなら僕がもっと頑張るから』って、さらに自分を縛るに決まってる。を巻き込んで、戻りできない形で私が切られなきゃ、あの子は諦めない。自分がをかぶって、でこの簾を背負うっていう絶望を、骨の髄までわわせるしかなかったのよ」

息が止まりそうだった。 昨夜のあの残酷な宣告。 酷無比な女将と、れな被害者。 その構図の裏に隠されていたのは、息子の「偽りの親孝」を叩き潰すための、あまりにも歪で、あまりにも痛切な劇だったというのか。

「……じゃあ、今朝の餡はなんだったんですか」

私の喉から、震える声が漏れた。

「そんな覚悟でを引いたなら、どうして今朝、こっそり来て餡を作ったんですか!? それじゃあ、がないじゃないですか!」

藤子さんは言葉に詰まり、線を落とした。 その指先が、さく震えていた。

「……けないわよね」

自嘲するような、微かな呟きだった。

では分かってたのよ。もう関わっちゃいけないって。でも……よ、美咲ちゃん。、あの鍋のってきたの。仕込み途の豆が気になって、夜に目が覚めて……体が勝いちゃったのよ。

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あの子が朝番に厨に入って、途方に暮れる姿を像したら、どうしても……」

藤子さんの両目から、粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。 畳のに、丸い染みが広がっていく。

「私ね、子どもがいないでしょう。健太くんのことが、本当の息子みたいにかったのよ。あの子を苦しめたくないのに、あの子が困る姿も見たくない。……奥様を裏切るような真似をして、本当に馬鹿よね」

私はそれ以、何も言えなかった。 藤子さんの肩に触れることすらできなかった。 誰も悪くない。 誰も悪なんて持っていない。 ただ、お互いをいやる気持ちが、複雑に絡みい、鋭利な刃物となって互いの喉元に突き刺さっている。

「美咲ちゃん」

藤子さんは涙を拭い、顔をげた。

「もう度とかないわ。鍵も、もう使わない。健太くんには……残酷だけど、全部自分で背負ってもらうしかないの。それが、あの子が奥様と本当に向きうための、唯だから」

アパートを、夜はさらにたさを増していた。 空を見げると、分を覆い隠し、つ見えなかった。 私はペダルをく踏み込みながら、から始まる本当の獄を予して、震いしていた。

――。

勤した私が目にしたのは、異様な景だった。

先のショーケースには、普段の半分も菓子が並んでいなかった。

の引き戸は固く閉ざされ、から声のようなものは聞こえない。

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