みかん小説
本棚

"十年前に死んでいた夫" 第21話

私が選んだのは、千葉の里にい、太平を見ろす丘のさな公墓だった。 夫が度だけテレビの画面を見つめながら、『が見える所は、が通り抜けて気持ちがいいだろうね』と呟いたことがあったのを覚えていたからだ。

の空は、抜けるように青かった。 差しが丘面の芝を照らし、くで太平い波がキラキラと輝いていた。

しく建てられたさな墓に、私はっていた。 墓には、肩きも、俗名以の文字も刻まれていない。 ただ、磨かれた黒御の正面に、く、しっかりと刻まれた文字があるだけだった。

輪 敬

私は桶から柄杓でを汲み、墓から静かにかけた。 澄んだが、黒いの表面を滑り落ち、太陽のを浴びて煌めく。

てには、彼が好きだった黄仙と、い百けた。 そして、墓の平らなに、湯気のいお茶を淹れた、あの美濃焼の湯呑みを置いた。

が、丘を吹き抜けていった。 かく、私のコートの裾を柔らかく揺らした。

私は墓に膝をつき、両わせた。 目を閉じると、瞼の裏に、あのの優しい笑顔が浮かんだ。 照れくさそうにし眉をげて、私の淹れたお茶を両で包み込んでいた、あの

もう、怯える必はない。

もう、夜に息を殺して咳き込むことも、の診察券を握りしめて震えることもない。 あなたはあなたの名で、誰にも責められることなく、ここにいていいのだ。

私は目をけた。 に濡れた黒い墓に、青い空とが映り込んでいた。

私は湯呑みからる湯気を見つめ、静かに、澄んだ声で呼びかけた。

「敬さん」

度も呼ぶことのできなかった、彼の本当の名。 その音は、潮騒の音に溶け込み、どこまでも広がるの空へと、吸い込まれるように消えていった。

が、ふっと凪いだ。 墓の向こうに広がる青いが、まるで微笑むかのように、静かに波打っていた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: