"26人が去った屋敷――会長の息子は、貧しい家政婦の腕で泣きやんだ" 第8話
代わりのにはならない
優太のが落ち着き、さやかは予定どおり敷の仕事に戻った。病院からの連絡にはすぐられるようにし、面会のあるは千代と勤務を調する。匠はその予定を確かめても、あの病院の入でにした言葉には触れなかった。
1週ほどたった午、さやかは2階の廊で斗と向かいっていた。のボールを転がすと、斗は両で受け止め、得そうに押し返した。勢いのついたボールが脇を抜け、突き当たりの部へ入ってしまう。
いつも閉まっている扉が、そのはしいていた。千代が空気を入れ替えるために窓をけ、寝具を運びしているところだった。
「待って。千代さんに取ってもらおうね」
さやかは斗のにしゃがみ、戸で止めた。隙から、さな化粧台と写真てが見えた。写真のの女性は、い青のを着て笑っている。隣の匠は今よりし若く、カメラではなく彼女を見ていた。
「そこで何をしている」
振り返ると、匠が廊にっていた。斗が声に驚いてろへがったため、さやかはその背を支えた。
「ボールが入ってしまったので、ここで待っています」
「この部にはづかないようにと」
「私がけました」
戻ってきた千代が、寝具を抱えたまま言った。
「篠原さんはに入っていません。
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斗様が入らないよう、止めてくださっていました」
匠の目が、敷居のにあるさやかのへ落ちた。彼女はちがらず、斗の背をゆっくり撫でた。説を終えても、また何か違えたのかと構えた体が、すぐには緩まなかった。
千代がボールを拾い、斗を廊の反対側へ誘った。さやかは子どもが遊び始めるのを確かめてからちがった。
「奥様のものに触れるつもりはありません」
「分かっている。今のは、俺が悪かった」
匠は額にを当て、言葉を探した。
「ここを片づけたら、本当にいなくなったと認めることになる気がしていた。扉がいているのを見ると、今でも……」
さやかは写真の笑顔をいした。切なを失ったしみを、く終わらせてほしいとはわない。けれど、彼が優しくなるたびに、らない女性の姿を自分にねているのかと考えるのは苦しかった。
「私は、奥様の代わりにはなれません」
匠が顔をげた。
「病院でおっしゃったことが、気になっていました。私のことを見て助けてくださったのか、それとも、奥様にできなかったことをなさっているのか」
にすると胸が痛んだ。謝まで嘘にしたいわけではないので、さやかはさく息をえた。
「お休みも、も、本当に助かりました。でも、私は篠原さやかです。その名で話していただきたいです」
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匠はすぐに答えられなかった。廊の向こうで、斗がボールを抱えたまま父親を呼んだ。さやかがくより先に、匠が歩いていく。
「今、く」
彼は膝をつき、差しされたボールを受け取った。斗は父親の腕に片をかけ、そのまま膝へ乗ろうとした。匠は戸惑いながらも背を支え、誰かを呼ぶことはしなかった。
そのの夕は、匠が最初から最まで斗の隣に座った。を閉じられると、さやかに渡しかけたスプーンを自分の皿へ置き、同じものをひとべて待った。斗が興を示すと、しいスプーンで量をすくう。
何度かこぼしたが、事は終わった。濡れた布巾をにした匠が、さやかへ向き直った。
「篠原さん。違えたには、今のように言ってほしい。俺が傷つくかどうかを、先に考えなくていい」
さやかは頷いた。その言葉を覚えておこうとった。
それから2週ほどたち、勤め始めて2かになろうとする夕方、正が文乃を伴って訪れた。客へ呼ばれたさやかのに、い資料が置かれる。
表には彼女の名と、300万円という額があった。