"26人が去った屋敷――会長の息子は、貧しい家政婦の腕で泣きやんだ" 第4話
その名で呼ばないで
「ママ」
斗がもう度呼び、さやかの膝に登ろうとした。彼女が背へを添えた、匠の声が卓を横切った。
「その呼び方をさせないでくれ」
由里が器をねるを緩めた。さやかは斗を抱きげ、膝ので体を支えた。さっきまで柔らかかった匠の表が、扉を閉めるようにざかっている。
「私が教えた言葉ではありません」
「分かっている。ただ、勘違いされると困る」
何を、誰が勘違いするのか。さやかは尋ねかけて、を閉じた。斗が2の顔を見比べ、エプロンをく握っていたからだ。
「さやかだよ。今はここにいるから、丈夫」
子どもにそう伝えてから、匠に目を戻した。
「斗くんを混乱させたくないのは、私も同じです。でも、私にも名があります」
匠は答えなかった。さやかは胸の内に残った痛みをみ込み、斗と絵本のある部へ移った。扉を閉める直、由里のさな声が聞こえた。
「優しくされたからって、奥様になれるわけじゃないのに」
振り向くことはしなかった。そんなつもりで子どもを抱いたわけではない。それを弁解すればするほど、別のいを隠しているように扱われそうだった。
斗が昼寝をしたあと、千代が声をかけてきた。2階の突き当たりを見やり、それから声を落とす。
「紗帆様がくなった、斗様はまだ2かでした。
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匠様は、あのお部を片づけることもできずにいらっしゃいます」
さやかは閉ざされた扉を見た。らないのしみに踏み込むつもりはない。ただ、そのしみのそばで働くにも、傷つくがあることは忘れないでほしかった。
それから1週ほどして、匠の叔父で副会の正が敷を訪れた。さやかが応接へ茶を運ぶと、テーブルには会社の封筒と契約が広がっていた。
「私に任せていた案件まで、自分で確認するそうだな」
正は笑っていたが、茶碗にはを伸ばさなかった。匠は差しされた資料をめくりながら答える。
「任せきりにしていた。これからは契約の原本も見せてほしい」
「のが落ち着くと、会社のことまで気になり始めるか」
正の線がさやかに向いた。盆を持ち直した彼女に、彼は齢と勤め始めた期を尋ねた。答えると、い笑みを浮かべる。
「ずいぶん信頼されているようだ。まだ1かにもならないのに」
さやかは礼し、空になった茶器を盆に載せた。正は別の類を引き寄せ、決裁欄に署名していた。表には、役員周辺調査という文字があった。
「これは何の調査だ」
匠が尋ねると、正は署名を終えてペンに蓋をした。
「役員と族の周囲だよ。調査会社にまとめて頼んでいる。づく相をっておくのも、会社を守る仕事だ」
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「会社の契約を、個な好き嫌いに使わないでくれ」
正は返事の代わりに、類を封筒へ戻した。さやかは2のに流れた沈黙をじながら部をた。廊では由里が、次の茶菓子を載せた盆を持って待っていた。
翌朝、さやかは斗の朝を記録し、812分にページの写真を千代へ送った。かぼちゃの煮物を3。追加用の鉢にはまだをつけていない。さな変化をき終えると、ノートをいつもの配膳台に置いた。
斗と庭を歩いて戻る頃には、匠の祖母の文乃が来ていた。客へ挨拶に向かおうとしたさやかを、由里が呼び止めた。
「そのに、説してもらえます?」
器のごみ箱には、かぼちゃの煮物が捨てられていた。蔵庫に戻したはずの予備の鉢は空になり、台ののノートからは、今朝のページがなくなっていた。