"義母が遺した二十年の通帳" 第16話
この百万は、円の狂いもなく由美さんのものだ。おたちには、指本触れさせないよ」
叔母さんはちがり、コートの襟を正した。 そして、にへたり込むを、ゴミでも見るような目で見ろした。
「姉さんがくなって、せいせいしたかい? これからは自分のことは自分でやる、だったね? 結構じゃないか。おたちが望んだ通りの活だよ。せいぜい、自分たちの汚い勝さで、そのを舟のように沈めていくといい」
芳叔母さんは私に向き直ると、その厳しい表を崩し、痛ましいほどの優しさを湛えた瞳で私を見つめた。
「由美さん。姉さんの言う通りにしなさい。……もう、いいんだよ」
「……叔母さん」
「今まで、姉さんを取ってくれてありがとうね。本当によく頑張ったよ。あとの類のことは、私のりいの弁護士に全部任せてあるから、何も配いらないからね」
芳叔母さんは私の肩を度だけく抱きしめると、振り返ることもなく、凛とした音を響かせて玄関へとっていった。 カチャリとドアが閉まる音が、このの終わりの始まりを告げていた。
どれほどのが流れただろうか。
計の針が、午を回っていた。
真奈はソファーに顔を埋めたままかず、は逃げるように階の自へ駆けがっていったきり、戻ってこなかった。
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そして、にいつくばっていた浩が、ギシギシと軋むような音をてて、ゆっくりと顔をげた。 その顔は涙とでぐしゃぐしゃに汚れ、目は真っ赤に血り、まるで晩でも歳を取ったかのように萎びていた。
「由美……」
浩の喉から、掠れた、壊れた笛のような声が漏れた。
夫は震える膝を引きずるようにして、私に擦り寄ってきた。 テーブルの端を掴み、すがるように私を見げる。 かつて私を鳴りつけ、ゴミを見るような目で睥睨していた男の面は、そこには微もなかった。
「なぁ、由美……」
浩のが、私のスラックスの裾を掴もうと伸びてきた。 私は無言で、そのを避けるように半歩ろへがった。 浩のが空を切り、に虚しく落ちる。
「……なんでだよ」
浩が、喉を締めげられたような声で絞りした。
「お袋が……おに逃げるためのを渡してたって……もからだったんだろ……?」
浩の瞳に、激しい混乱と、底れない恐怖が渦巻いていた。
「なんで……なんでおは、逃げなかったんだよ……?! なら、も真奈もまださかった……おはまだ代で、いくらだってやり直せたはずだろ……! 俺が豚汁を投げつけたあのにだって、逃げせたはずじゃないか……! なんでおは、百万も持っていながら……この獄みたいなで、も俺の飯を作り続けたんだよ……?!」
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血を吐くような浩の問いかけが、え切ったリビングに霊した。
私はテーブルのに残された、緑の通帳を見つめた。 そして、静かに、氷のように透き通った瞳で、にいつくばる夫を見ろした。
にいつくばった浩が、私の元を見げたまま、かない。
「なんで……逃げなかったんだよ……」
掠れた、震える声が、埃の積もったリビングのにへばりついていた。
「もから……お袋からそんなを毎もらってたんなら……なんで、もっとく逃げさなかったんだよ……! 俺に隠れて、その気になればいつでもていけたはずだろ……!」
浩の目には、激しい恐怖と、理解できない化け物を見るような怯えが宿っていた。 彼にとって、妻というは「自分がいなければきていけない、無力でしい政婦」でなければならなかったのだ。 その政婦が、実はから自分をいつでも見捨てることのできる切符を握りしめ、そので、毎朝噌汁を作り、毎晩作業着を洗い、自分のにをげ続けていた。 その事実が、浩の歪んだ支配欲を根底から打ち砕いていた。
私は、テーブルのにある緑の通帳に、静かに線を落とした。 指先で、そのたいビニールカバーを撫でる。
「……浩さん」
私の声は、ひどく穏やかだった。 りも、みも、嘲笑すら含まない。
ただ、澄み切ったの朝の空気に似た静けさだった。
「お義母さんが、最初にこの通帳を私に渡してくれたのことを、覚えていますか?」