"義母が遺した二十年の通帳" 第2話
パンを枚、トースターに放り込む。 さなフライパンで目玉焼きをつだけ焼き、塩と黒胡椒を軽く振った。
カウンターの隅に座り、淹れたてのドリップコーヒーの湯気を眺めながら、ゆっくりとトーストをかじる。 ぶりにわう、誰の邪魔も入らない、めきっていない温かい朝だった。
文庫本を膝のにき、分かけて冊の半分を読んだ。 壁の計の針が、午を指した。
ドタドタと乱暴な音が階段をりてきた。浩だ。 寝癖のついたを掻きながら台所に現れた夫は、いつものように卓へ目をやり、瞬で顔を張らせた。
そこには、何もなかった。 温かい噌汁の匂いも、焼き魚のばしさも、然と並べられた弁当箱もない。 ただ、綺麗に片付けられたステンレスの流し台と、カウンターで静かにコーヒーをむ私の姿があるだけだった。
「……おい」
浩の喉から、く濁った声が漏れた。
「なんだこれ。朝飯はどうしたんだ? 俺の弁当は?」
私は文庫本に栞を挟み、静かに顔をげた。
「昨夜、お話しした通りです」
「は?」
「これからは各自でやる、と浩さんがおっしゃいました。ですから、私は自分の朝だけを用して、すでにいただきました」
浩の顔が、りと戸惑いでみるみる赤黒く染まっていった。
「お……本気で言ってるのか? あれは言葉のあやだろうが! 普通、朝飯くらいは作るだろ! 弁当だって、俺が毎どれだけで働いてるとってるんだ!」
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「言葉のあやではありません」
私はを交えず、淡々と告げた。
「活費も費も事も各自。お互いに自しましょうと提案されたのは浩さんです。も真奈も賛成しました。私はその決定に従ったまでです」
「ふざけるな! 張ってんじゃないぞ、みっともない!」
浩は鳴り散らし、乱暴に蔵庫の扉をけた。 だが、そこにあるのは私が自分用に買った量の野菜と卵、ヨーグルトだけだ。 いつもなら作り置きされていた常備菜のタッパーは、つもない。
「ちっ……!」
舌打ちを残し、浩はのパンを掴みむしり取ると、そのままに押し込んで仕事部へと消えていった。
分になると、今度はと真奈が起きてきた。
「母さん、弁当は? 今、昼から事な会議なんだけど!」 「お母さん、私のタイツどこ?! 洗面所のカゴに入ってないんだけど!」
台所と洗面所から、同に苛った叫び声が響く。
私は自分のマグカップを丁寧に洗い、滴を拭き取りながら答えた。
「、お弁当は各自で用する約束よ。真奈、タイツは洗濯カゴの底に入っているわ。洗っていないから、自分で回してね」
「はあ?! なんで洗ってないのよ!」 「昨夜、私の畳み方が気に入らないから触らないでと言ったのは真奈よ。のに触るなと言われたので、触っていません」
真奈は信じられないものを見るような目で私を睨みつけ、を踏み鳴らして洗面所へ戻っていった。
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もまた、ネクタイを乱暴に締めながら吐き捨てた。
「母さん、マジでおかしくなったんじゃないの? そんな当てつけみたいなことして、何が楽しいわけ? いいよ、度と頼まないからな!」
バタン、と玄関のドアが乱暴に閉まる音が度続いた。
のに、い静寂が戻ってきた。 私は散らかったリビングを見渡した。 ソファーのには浩が脱ぎ捨てたパジャマが丸まり、ダイニングテーブルにはがこぼしたパンくずが散らばり、洗面所からは真奈がしっぱなしにしたドライヤーの気が漂っていた。
以の私なら、彼らがてった瞬に駆け回り、それらをすべて片付けていただろう。 だが、私は歩もかなかった。
私は自分の部に戻り、パートの制に袖を通した。 このが、自分たちの力だけでどれほど保つのか。 それを確かめるが来たのだ。
異変は、もしないうちに目に見える形で現れ始めた。
まず最初に崩壊したのは、洗濯だった。
こののは、脱いだを洗濯カゴに入れることすら、まともにできていなかった。 これまでは私がのあちこちに脱ぎ捨てられた靴やタオルを拾い集め、裏返しのを表に戻し、物と物を分け、ネットに入れて洗っていた。