みかん小説
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"身重の愛人を抱き起こした私" 第19話

あれほど執着していた「佐藤の跡取り」も「自男」も失い、誰からも見われることのない孤独な余を送っているという。

そして、私――。

季節は巡り、やわらかな差しがを包み込む頃。 私は、緑の欅並が美しい館のカウンターにっていた。

代に取得していた司の資格を活かし、平の非常勤職員として採用されてから、が経っていた。 静かな館内に漂う、古いとインクの匂い。 窓から差し込む漏れが、磨かれた製のデスクを優しく照らしている。

誰の顔を伺うこともなく、理尽な声に怯えることもない。 自分ので稼ぎ、自分の選んださなアパートで、自分のペースで淹れたお茶をむ。 そんな当たり常が、どれほどおしく、尊いものであるかを、私は噛み締めていた。

指先から、私の薬指を縛り付けていた、あのたい指輪の痕跡は、もう綺麗に消えっていた。

、休憩に入った私は、図館のの広にあるベンチへ向かった。 が、く切り揃えた私の髪を柔らかく揺らす。 テイクアウトのカップからるブラックコーヒーの湯気を吸い込みながら、何気なく方の遊歩へと線を向けた。

そのだった。

青々とした若葉のを、台のベビーカーを押して歩いてくる女性の姿が目に入った。

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シンプルなスニーカーに、きやすそうなチノパン。 髪をろでつに束ね、化粧気のない素朴な顔ちをしていた。 ベビーカーのを覗き込み、あやすように優しく微笑みかけるその横顔に、見覚えがあった。

葵だった。

彼女もふと線をげ、ベンチに座る私の姿に気づいた。

線が、の穏やかな空気ので、静かに交差した。 彼女のが、瞬だけ止まる。 ベビーカーのからは、柔らかな毛布に包まれた赤ん坊の、さな泣き声が微かに聞こえていた。

駆け寄ることも、言葉を交わすこともなかった。 あの獄のようなでの来事も、互いに浴びせった毒も、すべてはい過来事のように、静まり返っていた。

葵は、私に向かって、静かに、度だけげた。 それは、かつてのが正妻に向ける卑屈な態度ではなく、過酷な現実をき抜き、母親としてがったとしての、矜持の籠もった礼だった。

私もまた、コーヒーカップをにしたまま、さく頷いてその礼を返した。

それだけだった。 彼女は再びベビーカーを押し、が満ちる並の向こうへと歩いていった。 そのろ姿には、もうかつての脆さも、傲さもなかった。 にしっかりと根を張ってきていく、確かな力さがあった。

私はコーヒーをみ干し、青空を見げた。

桜のびらが、に乗ってく、がっていく。 私のの針は、度はものたく凍りついて止まっていた。 けれど今、私のは確かに面を踏みしめ、未来に向かってしいを刻み始めている。

もう、誰かのために自分を殺すことはない。 私は私自で、私だけの青空のを、胸を張って歩いていくのだから。

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