"母が残した最後の住所" 第7話
に度だけ、見への報告のため敷へった。
賃と費の領収をまとめ、成績表を見せ、夕だけべる。
「変わりないか」
「はい」
「飯はっとるか」
「べてます」
「そうか」
相変わらず、それだけだった。
あるの卓で、祖父が珍しく続けた。
「腹が減ると、はろくなことを考えん。噌もも同じだ。急いで来がらせようとすると、必ずどこかに無理がる」
「何の話ですか」
「別に」
祖父は汁をんだ。
2の、俺は自転の修理代が必になり、朝倉醸造の倉庫で週だけアルバイトをした。祖父の孫だということは現へ伝えないよう頼み、普通のアルバイトとして箱を運んだ。
そこで初めて、母をるたちと会った。
社員堂の井のぶさんは、俺を見るなり配膳のを止めた。
「千鶴ちゃんの……?」
「息子です」
井さんはそので目を押さえた。
母は代、休みになると会社へ来て伝っていたらしい。社令嬢なのに社員堂の皿を片づけ、麹の掃除までしていたという。
「汁が好きな子でね。毎、今は何の噌って聞くのよ」
俺は母がんだことを伝えた。
井さんは子へ座り、いこと泣いた。
俺のらない母を覚えているが、ここには勢いた。
麹を任されていた正幸さんからは、祖父の話を聞いた。
若い頃、別会社へ転職して失敗し、借と酒で活が崩れたさんを祖父は黙って会社へ戻したらしい。
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借までて替えながら、本には5らせなかった。
「社はがぬほどや。ただな、困っとるを見たら放っとけん」
さんは苦笑した。
「千鶴ちゃんに対してだけ、そののさが最悪の方へたんやろな」
俺は何も答えなかった。
祖父に善であってほしくなかったのかもしれない。
悪いなら、ずっとっていられる。
でも、ほかの誰かを助けてきたが。
自分の娘だけは助けられなかった。
その事実の方が。
俺には、ずっと理解しづらかった。
3になった頃、俺はしずつ朝倉醸造へを運ぶようになった。祖父に言われたわけではない。に働いた倉庫や麹の匂いが妙に気になり、曜だけ伝わせてもらうことにした。
さんから麹の見方を教えられた。温度がし違うだけで菌のきが変わり、同じ米を使ってもが変わる。さんは「きとるものを扱うんやから、毎同じとったらあかん」と何度も言った。
あるの、きな台が来た。
敷そのものにきな被害はなかったが、裏の蔵の根が部剥がれたという話が沼田から入った。俺は学が休みになっていたため、自転で敷へ向かった。
蔵へ入るのは、あの夜以来だった。
239個の箱はまだ残っていた。
「捨てなかったんですか」
「旦様が、そのままにしておけと」
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漏りで段が濡れ始めていたため、俺と沼田は何もかけて箱を別の所へ移した。持ちげるたび、側面に押された赤い《受取拒否》の判が目に入る。
「母さんは、どうして到着の連絡だけは受けてたんでしょう」
作業の途で尋ねた。
沼田はを止めた。
「私にも正確なところは分かりません。ただ、お嬢様は運送会社へ、“玄関まで持ってこなくていい。ただ、荷物が着いたことだけはらせてほしい”とおっしゃっていたそうです」
俺は箱をろした。
受け取らない。
けれど。
来たことはりたい。
祖父がまだ送っていることだけは確かめたかったのかもしれない。
それは拒絶なのか。
待っているのか。
14歳の俺には分からなかったが、18歳になった今ならしだけ像できた。
「239個ってことは、祖父は239回、戻ってきた箱を見たんですよね」
「はい。毎、“戻りました”と私がご報告しました」
「何て言ってました?」
「毎回同じでございました。“また来せ”と」
沼田は番古い箱の埃を布で拭った。
「私は何度か、おだけでも差しげてはいかがですかと申しげました。旦様は度も首を縦には振られませんでした」
「なんで」
「今さら何をけばよいか分からん、と」
俺は苦笑した。
本当に似た親子だ。
母も11通き直した。
祖父は通もけなかった。
そしてのをき来したのは、言葉ではなく噌と醤油の箱だけだった。