"奪われた十八年の通帳" 第13話
さらに、バンパーの裏側、ブレーキフルードの配管を支えるブラケットの周辺。 黒く焼き付いた油膜に混ざって、あの自然な青緑の結晶が、に洗われることもなく、くへばりついていた。
――単独事故などではない。
あの、曲峠のヘアピンカーブで何が起きたのか。 現の鉄板が、雄弁に物語っていた。
ブレーキを失い、制御能に陥った軽トラック。 その側面に、ろから敏之のクラウンが接触し、ガードレールへと押ししたのだ。 居眠り運転による転落として処理された、玲奈の弟の。 その裏にあったのは、過失ですらない、らかな作為だった。
なぜ、敏之がそこまでの凶に及んだのか。 なぜ、玲奈がそれをりながら敏之に従い、会を恐れているのか。 その全貌は、まだのだった。 だが、この鉄くずの破片が、を社会の底へと叩き落とすための、絶対な物理証拠であることだけは違いなかった。
たいが、私の頬を叩いた。 指先の覚は、とうになくなっていた。
私はドカジャンの内ポケットにを入れた。 取りしたのは、角が擦り切れた、さな帳だった。
、父が息を引き取る数、私のに握らせてくれた古いアドレス帳。 ページをめくると、父の力い万の文字で、数の名と直通の話番号が記されていた。
広告
その番。
『田誠(直通)』
父が最も目をかけ、最も信頼していた男の番号。 昨夜、納会の席で徳利を落とし、私を見て蒼になった老の番号だった。
「……お父さん」
私はさく呟いた。 震える指でスマートフォンを取りし、画面に桁の数字を打ち込む。
計は、夜零を回っていた。 こんなに話をかけるなど、非常識の極みかもしれない。 だが、私の本能が告げていた。 今、かなければ、度とこの沼から抜けすことはできないと。
発信ボタンを押す。
子音が、元でたく鳴り響いた。
プルルル……プルルル……
回目の呼びし音が途切れた瞬。 カチャリ、と受話器ががる音がした。
『……はい』
く、掠れた、だが完全に覚している老の声だった。 寝入りばなを起こされたような気配は微もなかった。 まるで、最初から話のに座り、このベルが鳴るのを待ち構えていたかのような張り詰めた声。
私は、呼吸をひとつした。 肺を満たす気が、私の覚悟を研ぎ澄ましていく。
「夜分遅くに申し訳ありません。……佐藤登紀子と申します」
受話器の向こうで、ヒッと息を呑む気配がした。 数秒の、苦しい沈黙。 やがて、老の震える声が返ってきた。
『……待っていたよ。真壁の、お嬢さん』
その声を聞いた瞬、私の界の端から、筋のいものが零れ落ちそうになった。
広告
だが、私はそれを指で乱暴に拭いった。
「田会。単刀直入にお伝えします」
私は投器のを、目のの黄い鉄くずへと向けた。 その表面にくい込んだ、と緑の塗料の痕跡を、徹な目で見つめながら。
「半、曲峠の底に落ちた軽トラックのフロントフェンダー。……敏之のクラウンのい塗料がい込んだままの残骸が、今、私の目のにあります」
受話器の向こうの空気が、完全に凍りついた。
「そして、敏之ののスペアタイヤの底には、その夜の料所領収と、ブレーキに混入された凍液の空き缶が隠されています」
『…………!』
「会。……、お会いできますか」
夜空を切り裂く突が、トタン根を激しく揺らした。 暗の向こうで、国をき交うトラックのテールランプが、血のように赤いの帯となって流れていく。
私のので、受話器の向こうの老が、く、く答えた。
『……の朝。港の、第突堤の事務所に来なさい。すべてを、話そう』
通話が切れた。 ツコツコという無質な子音が、夜のに吸い込まれていく。
私はゆっくりとちがり、ブルーシートを元の位置に戻した。 え切った鉄の匂いが、のひらにく染み付いていた。
もう、戻りはできない。 、私を閉じ込めていた悪の蓋が、今、音をててき始めていた。
、曜。 午分。
夜と朝の境界が曖昧なの空の、継所の砂利敷きに、敏之のクラウンがアイドリングの排気音をく響かせていた。