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"奪われた十八年の通帳" 第9話

唾をばしながら、敏之が私を見ろす。 そのの拳は固く握りしめられ、今にも振りろされそうに震えていた。 怯えを隠すための、典型な威嚇。 やましい秘密の急所を突かれただけが見せる、無様な狼狽だった。

ドンドン! ドンドン!

その、居の隣のの壁が、激しい勢いで叩かれた。 点杖のいゴム底が、膏ボードを突き破らんばかりに打ち鳴らされる。

「うるさいよ! 朝っぱらから何事だい!」

引き戸がガタピシとき、子に乗った静子が、鬼のような形相で顔を覗かせた。 脳梗塞の遺症でが麻痺している彼女は、引きつった角から泡をばしながら、私を睨みつけた。

「敏之! あんた、またこの来損ないに何か言われたのかい!」

「母さん……いや、こいつが勝に俺のを漁りやがってよ」

敏之は母親の顔を見るなり、被害者のようなけない顔を作って肩を落とした。 その豹変ぶりに、私の胃の底でたいが渦を巻く。

「なんだって!? あんた、で汗垂らして稼いでくる亭主の持ち物を棒みたいに詮索したのかい! この恩らずが!」

静子は子のすりをバンバンと叩きながら、私に向かって罵詈雑言を浴びせ始めた。

「子供のも産めないで、ただ飯喰らいの居候のくせに! 敏之が優しいから置いてやっているのを、いい気になりおって! あたしらのを引っ張るんじゃないよ、この貧乏神が! 敏之、こんな女の作った飯なんかうことない! コンビニでいいもん買ってべな!」

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「ああ、そうするよ。こんな軽油臭い分も居たくねえや」

敏之は吐き捨てるように言うと、居の隅に落ちていた着をひったくり、玄関へと向かった。 乱暴にドアが閉まり、でクラウンのセルモーターが空回りの属音をてて始する。 砂利をげてる音が、ざかっていった。

「おい! 登紀子! く割れた湯呑みを片付けな! あたしのに刺さったらどうするんだい!」

静子の切り声が、狭いプレハブに反響する。

「……今、片付けます」

私はに膝をついた。 割れた陶器の破片を、素でひとつひとつ拾い集める。 濡れた畳に染み込んだ茶を、使い古した雑巾で押し拭く。 のひらに鋭い痛みがった。 見ると、親指の腹にさな陶器の破片が刺さり、赤い血の玉がぷくりと膨らんでいた。

私はその血を拭うこともせず、ただ静かに、指先を見つめていた。

分。 デイサービスの黄いハイエースが、クラクションをく鳴らして横付けされた。

「おはようございますー! 静子さん、お迎えにがりましたよー!」

若い介護士のるい声が、え切った玄関に響く。 私は際よく静子にのカーディガンを着せ、子をスロープから押しした。 に乗せられる、静子は介護士のを握りながら、声で私への嫌を言い続けた。

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「すいませんねえ、うちの嫁が気が利かないもんだから、着替えの肌着もえ切ってて。あの子は昔からトロくてねえ、うちの優秀な息子が本当に憫でならないんですよ」

「あはは……まあまあ、静子さん、今は温泉入浴のですからね、温まりましょうね」

介護士は苦笑いを浮かべながら、慣れた様子でリフトを操作した。 ハイエースのスライドドアが閉まり、排気ガスのい煙を残してっていく。

カチャリ。

継所の敷へ続く鉄骨の扉を閉め、私はプレハブの平へと戻った。

完全な、静寂だった。

聞こえるのは、百メートル先を型トラックの音と、古びた蔵庫のコンプレッサーが定期に鳴らす震えだけ。

、こので私を縛り付けてきたつの鎖が、れた。 計の針は、午分を指している。 静子が戻る夕方半まで、約

私は台所の引きしから、錆びた本のマイナスドライバーと、昔、保線作業員から譲り受けた頑丈な針を取りした。

向かうのは、居の奥にある敏之の私だった。

「俺の部には絶対に入るな。事な運類がある」

そう言って、敏之が私に掃除すら禁じていた畳の納戸。 アルミのドアノブには、鍵こそついていなかったが、内に入ると独特の淀んだ空気が迎えた。

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