"15年間の車椅子詐欺、夫の足が立った日" 第2話
「弘、お疲れ様。今の調子、どうだった?」 私はロビーの待スペースの角、観葉植物ので待していた子の彼にづき、に片膝をついて線をわせた。 弘はふっと柔らかな笑みを浮かべ、ジャケットの襟元を片でえながら答えた。 「ああ、おかげさまでな。リハビリの先がしいストレッチを教えてくれて、しずつだけど、肢の筋肉の緊張もほぐれてきている気がするよ。……いつも、本当にありがとう。謝してる」
その言葉の響きは、15、何度となく私のを繋ぎ止めてきた、呪縛の言葉でもあり、救いの言葉でもあった。 「どういたしまして。さあ、もりになったし、帰って温かいお茶でもみましょう」
私は慣れた付きで、ゆっくりと子のグリップを方に押しめようとする。 その、歩目を踏みそうとした、まさにそのコンマ数秒の瞬だった。
カラン、と、乾いた質なプラスチックの破裂音が、静かなタイルのをさく叩いた。
弘のジャケットのポケットから、何かがこぼれ落ちた。 弘自は気づいていないのか、方を真っ直ぐに見据えたまま、子の輪を自らのでかそうとするふりをして見せている。 私はを止め、反射に線を元に落とした。
病院のエントランスの磨きげられたタイルに落ちていたのは、型のプラスチック製カード。
広告
病院の診察券だった。 私はわずしゃがみ込み、そのカードを指先でつまみげた。
「あ、落としたわよ」 そう言いかけて、カードの表面に印刷された青黒い活字に目をらせた瞬、私の声は喉の奥でピタリと凍りついた。
見なれた総病院のロゴ。だが、そこに印刷されている診療科名と、受診者名のにあるコード番号、そして何より「発」の数字に、猛烈な違がる。 いや、違どころの騒ぎではない。私ので、15の点と線が、音をてて逆回転し始めた。
私は臓をたい氷の塊で直接握りしめられたような窒息を覚えながら、ゆっくりと、印字された文字をからへと、指先でなぞるように再確認した。
……ふーん。 それを見た私は、自分でも驚くほど徹で、の抜け落ちた乾いた声を、独り言のようにわず呟いていた。
「もうやめた。バカバカしい」
私の胸の奥底で15燃え続けていた、献という名の神聖な炎が、瞬にして黒いへと変わり、たいに吹きばされていくのをじた。
息をため息まじりにつく。呆れと、気だるさと、そして制御能な徹なりが、全の毛細血管を逆流させた。 私は、病院のエントランスへと続く、あの緩やかなスロープの途で、子のグリップからパッと両を放した。
それに気づいた弘は、背からのみの消失と、子の微かなズレに直で反射した。
広告
「え、直子……!? 何をするんだ……!?」
子は、力に引かれるまま、最初はゆっくりと、やがて加速しながらスロープの傾斜を転がり落ちていく。 私は、まるで赤のの芝居を見物するかのように、そのにち尽くしたまま、ややかな瞳でその様子を見ろした。
「さようなら、弘。もうあんな夫の面倒は見きれない」
私の声は、夜空の気のように、誰のも揺さぶらないさで空に溶け込んだ。 スロープをる子ので、弘はパニックに陥り、声で叫びながら輪を止めようと両を激しくかした。 「おい! 危ないだろ! 直子、何なんだよ、これ……!」
彼は反射に、子のフットレストから両をし、ガツンとアスファルトの面に靴底を叩きつけるようにして、全力で踏ん張った。 自分の体と反射な筋力。 弘が力いっぱい踏ん張ったおかげで、い子は坂の途の踊りで急激にガリガリと音をてて止した。
そして、その直だった。
弘は、自分が子に座っていることさえ忘れ、りと焦りのあまり、スッと自分の両でしっかりとちがったのだ。 バランスを取り、面を完全に捉え、股をいて私を睨みつける。
「何をするんだ、いきなり……! 殺す気か!」
弘は激昂しながら声で鳴りつけたが、ふと、自分の元を見た。
自分が今、両でまっさにちがり、を踏みしめていることに、彼の脳が遅れて気づいた。