"百円だけの香典" 第10話
「正雄が働いたら、その分だけ料を払います。が困ったは働いてもらいます。それで終わりです。俺が徳さんに貸すものもないし、徳さんが俺に返すものもありません」
しばらくして、徳は縁側から畑の方へ目を向けた。稲刈りを終えた田んぼの向こうでは、夕がの端へ沈みかけている。やがて彼はさく笑い、「源吉さんにも同じことを言われそうだ」と呟いた。
正雄は鉄へ入り、旋盤の扱いをから覚えた。最初の半は失敗もく、材料を本駄目にして健から厳しく叱られたこともあったが、3もすると若のでは誰より精度のい仕事ができるようになった。徳もいつしか「世話になっている」と言わなくなり、息子が自分の働きで料をもらっているのだと受け止めるようになった。
その頃になると、町では冠婚葬祭を簡素にするも珍しくなくなっていた。典を百円までとくはくなかったものの、町内会で額の目を決めたり、典返しを廃止したりするところが増え、以のように帳面を見ながら同額を返すはしずつ減っていった。それでも昔ながらのやり方を選ぶもあり、健はもう、どちらが正しいと決めつけることはしなかった。
あるの夜、トヨが押し入れの理をしていると、源吉の古い典帳を入れた箱がてきた。
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健も伝いながら久しぶりに帳面をくと、田、林、と、今でもっている名が何も並んでいる。額の横には何もかれておらず、それだけ見れば、誰が誰へいくら返すべきなのかを記録した帳面にしか見えなかった。
健は別の箱から、父の学ノートも取りした。同じの名の横には、「病気」「作」「子どもの学」「返礼」といったさな文字が残されている。表の帳面と裏のノートを並べると、そこには額だけでは見えなかった30の暮らしがあった。
「お父さん、ずいぶん面倒くさいだったね」
トヨが笑った。
「表では何も言わないくせに、裏でこんなに考えてたんだから」
「母さんも似たようなもんじゃない?」
健が言うと、トヨは「私はもっと分かりやすいよ」と笑い返した。源吉がくなった直には、典帳を否定されたようで腹をてていたトヨも、今ではその帳面を懐かしい暮らしの記録として眺められるようになっていた。
健は冊を元の箱へ戻し、蓋を閉じた。捨てる必はないし、これを見ながら同じ額を返して歩く必もない。そこに残っているのは借の記録ではなく、父と母がこの町で誰と関わり、誰を配し、誰に助けられながら暮らしてきたかという痕跡だった。
数、で正雄がしい旋盤をかしている姿を見ながら、健はふと父のことをった。
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源吉が徳へ渡した千円は、結局度もへ戻ってこなかった。しかしその数、徳の息子が鉄で働き、今ではに欠かせない職になろうとしている。
もちろん、それを「千円が返ってきた」と考えるのは違う。
の親切は、同じ額で同じ相へ戻ってくるとは限らない。誰かから受けた助けが別の誰かへの親切になり、何も経っていがけない所でしい縁になることもある。
源吉が最に放したかったのは、付きいそのものではなかった。
「返さなければならない」
という気持ちだった。
返してもらえなくてもいい。
自分が必だとったにを差しし、いつか別の誰かが別の所で誰かを助ければ、それで分なのかもしれない。
健はの戸にち、夕暮れので働く職たちを見渡した。父が残した典帳には、ここにいる若者たちの名はつも載っていない。それでも父が始めた付きいの続きを、自分たちは確かにきているのだとった。
そしてその夜、へ戻った健は、玄関柱にさく残った画鋲の穴を見つけた。
昭34の。
あのいを貼った跡だった。
健は指先で穴をなぞり、しだけ笑った。
百円という額は、もう切ではなかった。
切だったのは、あの初めて誰かが「もう返さなくていい」
と言ったことだった。