"家出と呼んだ警察を私は許さない" 第10話
何ひとつ言葉が通じない教の片隅で、航平はただ俯いて耐えた。 自分を捨てたのだとわされていた母親への、引き裂かれるような憎。 なぜ自分を産んだのか、なぜあんなに優しく目玉焼きを焼いてくれたのに、自分をで売り払ったのか。 その漆黒の苦痛から正気を保つために、は自ら「森航平」という記憶に分い鍵をかけ、の奥底くに沈めるしかなかったのだ。
だが、どれほどアメリカの文化に染まり、英語を完璧に操るようになっても、消せないものがあった。 夜、ベッドに入ると、まぶたの裏に浮かぶのは、あの急な坂の景だった。 ちる練炭の煙、港の汽笛、たいで荒れた母の。 そして、をした夜に背をさすりながらってくれた、あの。 「ねんねんころりよ、おころりよ」
になった航平は、苦学の末にカリフォルニアの州学へ学し、社会福祉学を専攻した。 自分のように、見らぬで理尽にアイデンティティを奪われ、孤している子供たちを救いたいという無識の衝からだった。 ソーシャルワーカーとして働き始めた歳の頃、養父がくなり、その遺品のから、渡米当の養子縁組類の控えが見つかった。
そこには、神の組織によって捏造された「両親」の文字があった。
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だが、航平の記憶のの母は、き抜くために歯をいしばって笑っていたいだった。 「母は、本当にんでいたのか?」 疑惑の芽が、青のに宿った。
1990代半、インターネットの普及が航平の運命を変えた。 夜な夜なコンピュータに向かい、独学で本語を取り戻しながら、本の古い聞記事や方者の報を検索し続けた。 その過程で、への法養子縁組の被害者たちが集まる民のオンラインコミュニティに辿り着いたのだ。 そこには、自分と全く同じで、昭の代に本から連れられた無数の「奪われた子供たち」の声があった。
自分は、母に捨てられたのではなかった。 母が自分を売ったのではなかった。 自分は、国との組織によって、母の腕から奪されたのだ。
その真実に辿り着いた夜、歳になっていた航平は、アパートの部で声をげて慟哭した。 母は、自分を探していただろうか。 あの貧しいで、ひとりでどれほど泣いただろうか。 数が経ち、母はまだきているだろうか。 あの坂の町は、まだ残っているだろうか。
震えるで、航平はをいた。 何回もき直し、涙で便箋を濡らしながら。 もし母がきていれば、あの古い所に届くかもしれない。 もし組織の残党がまだきていて、母を脅かすようなことがあってはならないと、神の名を暗号にして隠した。
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そして、あのが、を越えての元へと届いたのだ。
*
「森さん、彼と……航平さんと、連絡がつきました」
迫田刑事が、枚のメモ用を持ってのを訪れたのは、が届いてから週のことだった。 国際権団体とアメリカの福祉関を通じて、カリフォルニアにむロバート・テイラーこと森航平の現所と話番号が確認されたのだ。
「アメリカの話番号です。差がありますから、向こうは今、夜のを回ったところです。……かけますか」
迫田の差ししたメモを、は両で受け取った。 指先が、を破いてしまいそうなほど震える。 「話……しても、ええんでしょうか」 「当たりです。そのために、彼はをくれたんですから」
居の片隅に置かれた、古い黒話。 ダイヤル式の、昭の遺物のような話だ。 迫田が国際話の掛け方を教え、受話器をに渡した。 は震える指をダイヤルの穴に入れ、ひとつ、ひとつ、数字を回した。 ジーコ、ジーコと、黒話が懐かしい属音をてる。
息が止まりそうだった。 もし、話にてきたのが全くの別のような英語を話す男だったら。 もし、の断絶が、ふたりのに埋めようのない溝を作っていたとしたら。
ツーツーというい呼びし音が、受話器の向こうで鳴り響いた。
回、回、回。
カチャリ、と音がして、回線が繋がった。 沈黙。 太平の底をう底ケーブルを通じて、微かなノイズ混じりの息遣いが聞こえてきた。