"家出と呼んだ警察を私は許さない" 第8話
この女のついた、たったひとつの嘘。 それによって警察は初捜査を放棄し、事件をただの「自発な」として片付けたのだ。 もし、あのチヨが真実を話していれば。 すぐに警察が神の施設に踏み込んでいれば。 航平は、見らぬ異国へ売りばされることもなく、自分の元へ帰ってこられたはずだった。
「すり潰してやりたい」 そんな猛烈な業のようなりが、瞬、の胸を焼き尽くしかけた。 だが、に額を擦りつけて震えている、相の浮かんだれな女の姿を見ろしているうちに、そのりは急速に別のへと押し流されていった。
裏切られた無さよりも、隣への憎しみよりも先に、の胸を突き破ってきたもの。 それは、あの、見らぬ男のに押し込められた、歳の息子の恐怖だった。
「航平……」
の瞳から、粒の涙が零れ落ちた。
「航平……どんなに怖かったやろ。お母ちゃんを呼んで、どれだけ泣いたやろ……」
息子のわった絶望を像した瞬、チヨへのりすら、その圧倒な痛のに呑み込まれて消えてしまった。 はゆっくりと腰をかがめ、チヨの痩せ細った肩にを置いた。
「……チヨさん。ちなさい」
「さん……っ」
「ちなさい。あんたが謝る相は、私やない。航平や。……でも、航平は今、ここにおらん」
は静かに、しかし鋼のように揺るぎない声で言った。
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「教えてくれて、ありがとう。あの子が自分の志で私を捨てたんやないって分かっただけで……それだけで、私はもう分や」
チヨはそのに突っ伏し、声をげて子供のように泣きじゃくった。 はその背を瞥することもなく、居へと戻り、畳ののを再びに取った。
神。 あの男の仮面の裏に、何があったのか。 そして、航平のに込められた真とは。
*
翌朝、はそのを持って、かつて払いをらった警察署へと向かった。
とは違い、対応に当たったのは活全課のベテラン刑事、迫田警部補だった。 髪交じりの髪に、い眉の皺。迫田はの差ししたエアーメールの消印と、便箋の文字をルーペを使って丹に調べた。
「森さん。この、アメリカのカリフォルニア州からされていますね」
「刑事さん、あの子はきています。きて、私に便りをくれたんです。そして……あの子を連れったのは、当の『双葉育園』の神という男です」
が昨夜のチヨの告を告げると、迫田の表が険しく引き締まった。 迫田は便箋をに透かし、段落の配置や余を執拗に見つめていたが、やがて「あっ」とく声を漏らした。
「……森さん。これを見てください」
迫田が鉛の先で、便箋の各段落の最初の文字を指し示した。
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第段落の文字――『か』 第段落の文字――『み』 第段落の文字――『や』 第段落の文字――『ま』
縦に繋げると、ひとつの言葉が浮かびがった。
――『か・み・や・ま』。
「折句(おりく)だ……」 迫田が唸るように呟いた。 「息子さんは、のに暗号を埋め込んでいたんだ。の本文では『探さないでくれ』『くから祈っている』と、まるで諦めるよう促すような文面にしてある。だが、各段落の文字を繋げると、自分を連れった首謀者の名になる。……さらに、ここを見てください」
便箋の枚目の最部。 余の隅に、肉では見落としてしまいそうな極の英数字が、いインクでき込まれていた。 それは、神戸区の林にあった、かつての双葉育園の所番だった。
「息子さんは、恐れていたんだ」 迫田の瞳に、刑事としての鋭いが宿った。 「もしこのが、自分を監している連や、本側の関係者の目に触れたのことを考えたんだ。だから直接告発することは避け、母親であるあなたなら、あるいは本の警察なら気づいてくれると信じて、命がけのメッセージを隠したんだよ。歳になった今でも……彼は、あなたに助けを求めている」
迫田はちがり、受話器を掴んだ。 「森さん、ここからは々の仕事です。の際を、今さら詫びて済む問題ではないことは々承しています。
ですが……必ず、真実を引っ張りします」
止まっていた警察の歯が、のを経て、凄まじい勢いで回転を始めた。