"家出と呼んだ警察を私は許さない" 第6話
激しい揺れが坂の町を叩き潰し、あちこちでのががった。 の古いも半壊し、根瓦が崩れ落ち、壁にきな亀裂が入った。 避難所へくよう促されたが、はブルーシートで根を覆い、傾いた柱に突っ張り棒を噛ませて、頑としてそのからかなかった。 航平の箪笥と、あの赤いノート、の肌着と学ランを抱きしめて、余震に怯える夜をひとりで耐え抜いた。 ここを失えば、航平との接点が永に消えてしまう。そのだった。
毎、613が巡ってくるたびに、は坂のの靴へった。 そして、当の航平ののサイズと同じ、真っいスニーカーを買い求めた。 に持ち帰り、玄関のたたきに、まるで今さっき息子が脱ぎ捨てたかのように、綺麗に揃えて置くのだ。 梅の湿った空気の、い靴だけが、ぽつんと暗いに浮かびがっていた。 町の々は、その季節になると森のの玄関にしいスニーカーが置かれるのをっていたが、誰ひとりとしてその理由をにする者はいなかった。
代は平成へと移り変わり、バブルが崩壊し、況の波が押し寄せた。 を過ぎたの体はすっかり衰え、腰は曲がり、髪はに染まっていた。 労働のやのの洗濯はもうできず、所の青果の裏で、のついた根や牛蒡を洗う働きの仕事を細々と続けていた。
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取りはわずかだったが、文句は言わなかった。 ただひたすらに、息子の部の畳を拭き、仏壇にをわせ、きらえることだけを自らに課していた。
町の者たちはいつしか、のことを本名ではなく「航平ちゃんのお母さん」と呼ぶようになっていた。 はその呼ばれ方が好きだった。 そう呼ばれるたびに、航平がまだこの世界のどこかで息をしていて、自分はその母親なのだと実できたからだ。
そして、2001の。 からの帰り、は方を歩く青のろ姿に目を奪われた。 背がく、がっしりとした肩幅。し肩を揺らして歩く独特のリズム。 「航平……?」 臓が激しくねがり、買い物籠を放りして駆け寄った。 「航平!」 青の腕を掴んだ。 振り返った男は、見らぬ若い会社員だった。 審者を見るようなたい目でを瞥し、「なんですか、違いです」と腕を振り払ってちった。
そのの夕暮れ、はぶりに、声をげて泣いた。 航平の部の襖に背をもたせ、膝を抱え、枯れ果てたはずの涙を板に落とした。 もう、駄目なのかもしれない。 あの子は本当に、もうこの世のどこにもいないのかもしれない。 「航平……お母ちゃん、ここに居るよ……」 の肌着を抱きしめ、暗ので呟いた声は、夜の潮に掻き消えていった。
だが、奇跡は、その翌のに訪れたのだ。
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20028、居の畳のに広げられた枚の便箋。 は震える指先で鏡をかけ直し、溢れる涙を何度もの甲で拭いながら、その文字を追った。
真っな便箋に、ブルーブラックのインクでかれた几帳面な本語。 し角ばった、しかしトメやハライが丁寧なその跡は、紛れもなく、あの赤いノートに数字をき込んでいた息子の癖そのものだった。
『するお母さんへ』
その目を読んだだけで、の喉からさく鳴が漏れた。
『かあさん、、ずっと会いたかったです。 毎晩、眠りにつくにお母さんの顔をいしていました。 たいで赤くなったお母さんのや、に漂っていた夕方の匂いを、忘れたはもありません。
みみの奥にはいつも、母さんがってくれた子守唄が残っていました。 「ねんねんころりよ、おころりよ」 言葉も通じない、誰も助けてくれないいの向こうで、泣き疲れて眠る夜は、いつもそのをひとりでさくずさんでいました。
やくそくした目玉焼き、黄の崩れていないあのを、僕はたりとも忘れたことはありません。 お母さんが作ってくれたお弁当が、温かい麦飯が、どれほど恋しかったか分かりません。 お母さん、僕はきています。こうしてきてになりました。
まちのどこかで、僕を探そうとはしないでください。