"母が隠した四十九枚の領収書" 第6話
をねばしていた。
「俺が現に駆けつけた、軽自のフロントはぐしゃぐしゃに潰れていた」 敏夫の額に、脂汗が滲みていた。 「助席にいた航平は、シートベルトをしていなかった。からフロントガラスに突っ込んで、ダッシュボードに蓋骨をめり込ませていた。血のだったよ。……だがな、からメートルほどれたむらのに、もう、子供が倒れていたんだ」
臓が、肋骨の内側を激しく叩いた。 「それが……僕ですか」
「だらけのウインドブレーカーを着て、汚れたナップサックを背負っていた。靴底は擦り減って、穴が空いていたよ」 敏夫は僕の顔を、初めて正面から見据えた。 「元を示すようなものは何つ持っていなかった。財布も、徒帳も、携帯もな。入っていたのは、半分んだペットボトルのと、どこかの公園で拾ったような銭が数百円だけだ。……か、浮浪児だったんだろう」
暗。の匂い。濡れたアスファルト。 僕の記憶の底に眠る、理由のわからないたさの正体が、輪郭を持ち始めていた。
「静は発狂していた」 敏夫は首を振った。 「検は切れていた。任保険にも入っていなかった。もない。そこへ無保険ので子供を、は実の息子、もうは名もらぬを撥ねばしたんだ。警察を呼べば、静は違いなく刑務所きだった。
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実の息子を過失運転で植物状態にし、の子供を撥ねた科者としてな」
「それで……隠蔽したんですか」
「隠蔽しようとしたんじゃない」 敏夫は吐き捨てた。 「俺は救急を呼ぼうとした! だが静が俺のにしがみついてさなかったんだ。『警察を呼んだら、航平の治療費はどうなるの、誰がこの子の面倒を見るの』って叫んでな。……そこへ、梨の爺さんが通りかかったんだ」
「梨?」
「この先の集落で、昔から業医をやっていた梨昭だ」 敏夫の名がた瞬、僕の背筋にたい刃物が突きてられた。 「往診の帰りだった。爺さんは現を見るなり、を自分の軽トラックの荷台に乗せろと言った。警察に通報するに、まず当をしなければともぬと。……俺たちは、梨の個医院の裏から、血まみれのを担ぎ込んだ」
診察台ので、のの暗は残酷なまでに分かれた。 だらけの——僕は、全の打撲と肋骨の骨折、そして脳震盪を起こしていたが、命に別条はなかった。 だが、実の息子である航平は違った。 急性膜血腫。脳幹の損傷。梨の腕ではどうにもならず、すぐに病院へ運んで術を受けさせたが、度と識が戻ることはなかった。
「病院に運ぶ」 敏夫の声が、震えを帯びた。 「救急を呼んだのは梨の医院からだ。
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その、静が梨に座したんだ。額をに何度も叩きつけて、血を流しながら頼み込んだ」
『この子を、んだことにしてください』
静はそう言ったのだという。 病院に運ばれた実の息子の健康保険証の代わりに、静は元ののを完全に消しることを選んだ。
「梨の爺さんは、昔からうちの親父とい付きいがあってな。静の惨な境遇もっていた。……爺さんは、警察への事故報告を偽造したんだ。『砂崩れの危険がある林で単独事故を起こし、同乗していた男・航平がした』とな。遺体として処理されたのは、形式だけだ。本物の航平は、元の『き倒れの旅病』として別の施設へ送られ、最終に青峰苑へ押し込められた」
「待ってください」 僕は喉の渇きを覚えながら、敏夫に詰め寄った。 「届をしたなら、遺体はどうしたんですか! 葬許証がなければ、戸籍から除籍なんてできない!」
敏夫は顔を歪め、煙をもみ消した。
「梨が、体検案をいたんだよ」 敏夫の乾いた言葉が、の空気を凍りつかせた。 「あいつは医師だ。診断も体検案も、自分の判子つでどうにでもできた。あの夜、所の無縁仏の遺骨……ずっと引き取りのなかった古い骨壺のを使って、葬の続きを類だけで通したんだ。
の田舎の葬だぞ。医師の検案と親の届があれば、棺のを細かく改める役なんていなかった」