"母が隠した四十九枚の領収書" 第4話
テプラで作られたいテープに、黒い文字が印字されている。
『佐伯 航平 様』
「……あの子は、喋れません」 背から、野の抑えた声が届いた。 「ご飯もからはべられなくて、お腹に管を通しています。排泄も全部介助です。のにここへ連れてこられてから、度もベッドから起きがったことはありません」
僕は、に吸い付けられたようにかない自分のを、無理やり歩へ踏みした。 ベッドの脇まで歩み寄り、横たわる男の顔を覗き込む。
齢は、僕と同じくらいに見えた。代半ば。 だがその肉体は、が代の半ばで無理やり凍結されたかのように骨ばり、さかった。
ふと、男のの裏に目が止まった。
朶のすぐ、首筋の皮膚の境目に、さな角形の黒子があった。 ——黒子。
喉の奥で、カチリと何かが噛みう音がした。 区の都営団。母の部の押し入れにあった、古いアルバム。 学の入学式で、真しいランドセルを背負って笑っていた「佐伯航平」の写真。 母はそのアルバムのページをめくるたび、いつも僕のを撫でながら言っていた。
『あんたは昔から、こののの黒子がチャームポイントだったのよ』
僕は自分ののを触った。 そこには、何もない。滑らかな皮膚があるだけだ。 学の頃、鏡を見ながら「黒子なんてないじゃないか」
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と母に言ったことがあった。母は瞬だけ表を張らせ、『事故の怪で消えちゃったのかしらね』と笑って誤魔化したのだ。
消えたのではなかった。 最初から、僕の体にはそんなものはしなかった。
写真のにいた本物の「航平」は、目ののベッドで、井を見つめて呼吸を繰り返しているこの男だった。
「……母は」 掠れた声がた。自分の声ではないようだった。 「母の静は、ここへ会いに来ていたんですか」
野は、痛ましいものを見るような目で線を伏せた。 「最初の、は、に度だけ見えていました。でも、部のには絶対に入ろうとなさらなかったんです」 「入らない?」 「ええ。廊の窓から、あの子の背をくからじっと見つめるだけで。いつも提げ鞄を胸のでく抱きしめて、ったまま声もさずに泣いていらっしゃいました。お声をかけても、『私には、その子の顔を見る資格がありませんから』とおっしゃって……」
野はポケットからハンカチを取りし、指先を拭った。 「やがてそれも途絶えて、現留だけが送られてくるようになりました。お母様、おくなりになったんですね。どうりで、分の振込がなくて……事務が首を傾げていたところだったんです」
僕のので、枚の領収がバラバラと音をててい散った。
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母がスーパーの揚げで傷を作りながら稼いだ。僕の学の学費を払った残りの、血のような万円。 母は、自分が捨てった実の息子の「維持費」を、度も滞らせることなく送り続けていたのだ。 そして、その領収をあの青いビスケット缶に封印し、僕の目の届かない所に隠し続けていた。
「この子の……このの戸籍はどうなっているんですか」 僕はベッドの男から目をさずに尋ねた。 「役所の類では、佐伯航平はにんだことになっています。届がているを、どうやってこの施設に入れたんですか」
「それは……私にはわかりません」 野は困惑したように首を振った。 「ここは古い民施設で、親戚の紹介や特別な事がある方を受け入れる枠が昔はあったと聞いています。任の事務が個で契約を結んだそうで、類は『元引き取り・佐伯静』とだけ記録されていて……健康保険証の提も、ずっと免除されていました。毎の費用さえ現で納めていただければ、それ以の詮索はしないという約束だったようです」
公の社会から完全に切りされた、名だけの肉体。 ベッドの男の喉が、ヒュウ、と細い呼吸音をてた。 乾いた唇がわずかにき、唾液が元から筋こぼれ落ちる。 僕はポケットからティッシュを取りし、男の元を拭おうとした。
が触れる寸、男のがビクンとねがった。