"母が隠した四十九枚の領収書" 第1話
ドライバの先端を、錆びたビスケット缶の隙にねじ込んだ。
属が軋む嫌な音が、がらんとした畳のアパートに響く。 母がんでからちょうど目。築を超える区の都営団は、主を失った部特の、えた油と古い畳の匂いが充満していた。
「これだけは、あんたでもけちゃ駄目だからね」
、母の佐伯静は押し入れ段の奥を指さし、何度もそう言っていた。 スーパーの惣菜コーナーで揚げ油の煙にまみれ、夜遅く帰宅しては湿布の匂いを漂わせていた母。も買わず、もせず、爪の先まで擦り減らして僕を私学までしてくれた母が、唯、を寄せ付けないたさを見せる瞬が、あの古ぼけた青い缶に触れるだった。
パキン、と乾いた音をてて留め具が弾けんだ。 に入っていたのは、通帳でも貴属でもなかった。
輪ゴムで留められた、角く折り畳まれたの束。 経劣化で茶く変した輪ゴムは、指で触れた瞬に々に砕け散った。
番のを広げる。 それは、郵便局の窓で発される『振替払込請求兼受領証』だった。
払込:平成。 額:万円。 加入者名:社会福祉法 青峰苑。 払込所氏名:京都区 佐伯静。 通信欄:分 コウヘイ維持費として。
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僕——佐伯航平は、眉をひそめた。 枚目をめくる。翌、平成。同じく万円。 枚目。。万円。 枚目、。万円。
の束を数えた。 全部で枚あった。 直の領収は、今の——母が末期胃癌の激痛で倒れ、緊急入院する直のものだった。 。ヶに度、狂いもなく万円ずつ。母は計で百万円もの現を、野県茅野の奥にある「青峰苑」という施設に送り続けていたことになる。
「コウヘイ維持費」
文字をなぞる指先が、かすかに震えた。 航平。僕の名だ。 だが、僕はに野の施設になど入所していない。その頃の僕は歳、区の学に通い、母の作る茶い弁当を持って毎朝登していたはずだった。
なぜ母は、僕のらない所へ、僕の名を騙ってもを払い続けていたのか。
翌朝、僕は勤務先である区役所の民課へ勤した。 自分のデスクに座り、パソコンをちげても、胸の奥につかえたたい鉛のような覚は消えなかった。 親がくなったの続きは、本来なら民課の僕にとって常業務そのものだ。 相続、除籍、未支の請求。 僕は業務用の端末をに、息を吸い込んだ。
母の遺産分割協議を作成するためには、からまでの連続した戸籍謄本——『改製原戸籍』が必になる。
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の戸籍を無断で照会すればな務規程違反になるが、自分自の直系尊属の戸籍を、所定の数料を支払って正規の申請で請求することは正当な権利だった。
昼休み、職員がまばらになった窓の奥で、僕は母の原戸籍の交付申請を提した。 端末を操作していた同僚の女性が、印字された青い専用をトレイから引き抜き、議そうな顔で僕に渡した。
「佐伯さん、これ……お母様の古いほうの戸籍ですけど」 「ありがとう」 「あの、ちょっと記載に珍しいところがあって。確認印、押しておきましたから」
自席に戻り、つ折りにされた用をいた。 戸籍の者は母のき父、つまり僕の祖父だった。 そこから母が除籍され、結婚、そして婚して単で僕を引き取った経緯が、縦きの無質なフォントで並んでいる。
昭、佐伯静、男を産。 男の欄。 【名】航平。 父、佐伯修司。母、佐伯静。
僕の線は、そのすぐ横の記載で完全に凍りついた。
【】平成 【】野県茅野 【届】母 佐伯静 【記載】平成
面から、血の気が引いていくのが分かった。 空調の効いた執務の音が、急にくへ引いていく。
平成。 僕が歳だったの、。 そのに、佐伯航平というは、交通事故によってし、戸籍から完全に抹消されていた。
それ以の母の戸籍に、再婚の記録も、養子縁組の記録も、目の子供を産した記録も切しなかった。