"「籍を抜いてから行け」と言われた嫁" 第1話
「そんなに実へ帰りたいなら、籍を抜いてからきなさい。もう度と、このの敷居をまたがなくて結構よ」
姑の子がそう言い放った瞬、真のリビングだけが急にえ込んだようにじました。窓のではを塞ぎたくなるほど蝉が鳴き、エアコンのがテーブルのの麦茶をかすかに揺らしています。それでも私は鳴り返すことも泣くこともせず、膝ので両を静かにねたまま、向かいに座る夫の浩司を見ました。
浩司は私と目をわせませんでした。スマートフォンの画面をもなく指でかしながら、母親の言葉など聞こえていないふりをしています。結婚して20、私が子から何を言われても、彼がこの姿勢を変えたことはほとんどありませんでした。
「聞こえなかったの? あなたのお母さんの初盆なんて、うちには関係ないのよ」
子はわざとらしくため息をつきました。
「嫁に来たが、いつまでも実実ってみっともないでしょう。だってかせてあげたじゃない。これからは吉沢のことに集してもらわないと困るのよ」
母がくなったのは、わずか1かでした。い闘病の末、静かに息を引き取った母の葬儀を終え、を済ませ、ようやく迎える初盆でした。私はたった3ほど実へ戻り、仏壇をえて母を迎えたいと頼んだだけでした。
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それでも子には、それが許しがたいわがままに見えたようです。
私が母の病をしていたも、吉沢の事を休んだことはありませんでした。朝5に起きて義父の正、子、浩司の朝を作り、昼は義父が経営する吉沢設備の経理補助をし、夕方には母の病院へ向かう。夜9過ぎに戻れば翌の仕込みと洗濯をし、夜に会社の伝票を理する活を半以続けていました。
葬儀のでさえ、子は親族ので言いました。
「これで里見さんもし楽になるでしょう。介護がなくなったんだから、これからはうちのことをちゃんとしてもらわないとね」
私はそのでは笑ってをげました。しかし胸の奥では、何かが乾いた音をてて折れていました。
そして今。
最に残っていた細い糸まで、子自が切ったのです。
「婚届なら、置いていきなさいよ」
子は勝ち誇ったように続けました。
「どうせあなたじゃ何もできないでしょうけどね。今までまわせてもらっただけでも謝してほしいくらいよ」
私はもう度、浩司を見ました。
ほんの言でよかったのです。
「母さん、そこまで言うことないだろ」
それだけで、もしかしたら私はまだ迷ったかもしれません。
しかし浩司は顔をげませんでした。
「浩司さん」
呼びかけると、ようやくさく息を吐きました。
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「母さんも今、々変なんだよ。里見もし空気読んでくれないかな」
母をくしたばかりの私に向かって、彼はそう言いました。
私は自分でも驚くほど穏やかな気持ちになりました。
「分かりました」
それだけ答えてちがると、子が瞬だけ怪訝な顔をしました。
「何が分かったの?」
「婚届には、もう私の署名をしてあります。2階の机に置いておきますので、浩司さんも必な続きをしてください」
今度こそ浩司が顔をげました。
「は? お、何言ってるんだよ」
「お義母さんのおっしゃる通りにします。籍を抜いて、実へ帰ります」
私はそれ以話さず、2階の部へ向かいました。
クローゼットのには、すでにさなボストンバッグが置いてありました。着替え、通帳、分証、仕事に必な類。20も暮らしたをるというのに、持ちしたいものは驚くほどないものでした。
ただつだけ、絶対に忘れてはいけないものがありました。
バッグの底へしまった茶い封筒です。
母がくなる3、病院のベッドで私へ託したものでした。
「里見。もし、あのたちがあなたを最まで切にしなかったら、これをけなさい」
酸素マスクのから漏れる母の声は、ほとんど息のようでした。
「お母さん、何なのこれ」
「あなたはもう分に尽くしたから。
これからは、自分を守るために使いなさい」
私はその、封筒をけられませんでした。