"「手術は後でいい」三千万円の古希祝いに狂った夫の末路" 第27話
私たちは数メートルれた所で、静かに線をわせた。
孝之は何かを言おうとするように、しだけをいた。
言い訳をするのか、それともまた私にすがりつこうとするのか。
けれど彼は、何も言わなかった。
ただ私の目をまっすぐに見つめた、くゆっくりとをげたのだ。
それは親族に見せるための演技でも、私をコントロールするための具でもない。
全てを失った男の、器用で静かな礼だった。
「あの子、今はさな清掃会社で番働きからやり直しているの」
良枝が私の横で静かに言った。
「見栄を張る相もいなくなって、毎だらけになって働いているわ。完全に元通りにはならないけれど、今はこれがあの子の現実なのよ」
私はをげたままの孝之を、ただ静かに見つめた。
憎しみもりも、もう私のには湧いてこなかった。
「お元気で」
私はただ言、そう告げた。
そして良枝に軽くお辞儀をして、アパートの階段をりた。
背越しに、ドアが静かに閉まる音が聞こえた。
私とあの親子のにあった見えない糸が、これで本当に完全に切れたのだとじた。
アパートの敷をると、の柔らかいが私の頬を撫でていった。
空はく、いがゆっくりと流れている。
私は駅へ向かうを、まっすぐに歩き始めた。
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誰かの顔を伺うことも、誰かの見栄のために怯えることもない。
私の取りはとても軽いものだった。
駅のスーパーにち寄り、久美子が好きな抹茶の鳩サブレーと夕の買い物をしてから帰った。
実の引き戸をけると、奥の居からテレビの音と久美子のるい声が聞こえてきた。
「直子、おかえりなさい。お茶が入っているわよ」
私が居にくと、久美子が縁側に座り、庭に咲いたさなを眺めながらお茶をんでいた。
「ただいま。お母さん、今のお茶はし良いものを買ってきたのよ」
私は買ってきたばかりの袋をテーブルに置き、久美子の隣に座った。
湯呑みに注がれたお茶からは、とても良いりが湯気となってち昇っていた。
3000万円の豪華な祝宴なんかなくても、誰かに派だと褒められるような活じゃなくても。
私にとっての本当の幸せは、この静かで温かいのにあった。
私は湯呑みの温かさを両でじながら、庭の空を静かに見げた。
自分を犠牲にしてまで守るべき「」など、この世界のどこにもない。
切なものは、いつも自分ののにある。
そのことに気づけた私の残りのは、きっとこのの空のようにるく穏やかに続いていくはずだ。