"「手術は後でいい」三千万円の古希祝いに狂った夫の末路" 第5話
孝之の実が豪華なリフォームの話で盛りがっている頃。
久美子は自分の薬代を節約しようとして、担当医にひどく叱られていた。
私はそのの母の縮こまった姿をいし、涙が滲んだ。
そんな母の命がかかった術を、孝之は今、笑いながら切り捨てたのだ。
タクシーがゆっくりと減速し、夜救急の入りに滑り込んだ。
私は財布から1000円札を数枚取りし、運転に渡した。
「お釣りは結構です」
私はお釣りも受け取らずに、急いでのドアをけてりた。
自ドアを抜けると、烈な消毒液のたい匂いがをついた。
静まり返った夜の待の空気は、あのホテルの喧騒とはまるで違う世界のようだ。
私はに受付に向かい、名を告げた。
待していた護師が、すぐに私を奥の処置へと案内してくれた。
処置のドアをけると、暗い部のにベッドがあった。
ベッドのには、幾筋もの点滴の管を繋がれた久美子が横たわっていた。
私を見た瞬、久美子は酸素マスクの奥で困ったように眉をげた。
「ごめんね……」
かすかな声がマスク越しに聞こえた。
「お義母さんのお祝いのなのに……」
息も絶え絶えな状態で、久美子はまたしても私に謝ったのだ。
「孝之さん、ってない?……戻らなくていいの?」
母は震えるでシーツを握りしめた。
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自分の命の危よりも、夫の嫌を気にする母を見て、私は泣きそうになった。
私は唇をく噛み、必に涙を堪えた。
「丈夫。今は私がずっとここにいるから」
私が力く首を横に振り、母の細くたいを両でく握りしめた。
母は私の温度をじて、しだけして静かに目を閉じた。
を持ったそのから、母が必に命を繋ごうとしている鼓が伝わってきた。
ろから担当の医師が歩み寄り、静かな声で説を始めた。
「今夜に術をえば、番危険な状態は脱せます」
医師はに持ったカルテを見つめ、私に向き直った。
「ただ、すぐにでもご族の同が必です」
私は無言で頷き、テーブルのに置かれた同をまっすぐに見つめた。
そこには、族の署名欄が空欄のまま残されている。
これまでは、のきな決断をする、私は必ず孝之に相談してきた。
彼が納得するまで、何度でも言葉を尽くして説してきた。
けれど今、私のにはペンがしっかりと握られている。
私は孝之の顔をい浮かべることもなかった。
誰の許もいらない。
誰に説する必もない。
私は震えることもなく、しっかりと自分の名をき込んだ。
「森川 直子」
その黒々とした文字を見た瞬、胸の奥につかえていたたい塊がしだけ溶けた気がした。
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私は今、夫を説得することを完全に諦めた。
それは決して敗ではない。
自分にとって番切なものを、自分の志で選び取った確かな証だったのだ。
孝之の承認に頼らず、私は私ので母の命を守る。
その揺るぎない事実だけが、今の私を支えるい柱になっていた。
私は、術へと向かう久美子のストレッチャーを最まで見送った。
い扉が閉まった、私は廊の子に静かに腰をろした。
壁掛け計の針を見げると、夜の9を回ろうとしていた。
暗い廊に、「ポーン」というエレベーターの到着音が響いた。
その、膝のに置いていたバッグので、私のスマートフォンがく震えた。
私はゆっくりとバッグをけ、画面を見た。
孝之からの着信ではなかった。
画面に表示されていたのは、ホテルの宴会にいるはずの、孝之の妹の名だ。
私は議にいながら、メッセージのアイコンをタップした。
『お義姉さん、今どこにいるの?』
画面には焦ったような文面が並んでいる。
『お義母さんが、急に部に戻ってしまったの』
いメッセージの文字が、暗い廊で私の顔をく照らしていた。
私が消えた空の席は、孝之がっているよりもずっとく、あの祝宴の空気を変え始めていたのだ。
スマートフォンの画面にるい文字を、私は何度も目で追った。
『お義姉さん、今どこにいるの?お義母さんが急に部に戻ってしまったの』
義妹からのそのメッセージは、私ののにさな、しかし穏な波紋を広げた。