"地上二メートルから見上げる逆転の空" 第19話
卓郎は力なく礼を言い、役所の自ドアをた。
軽トラックの運転席に座り、キーにをかけたまま、卓郎はい溜息を吐きした。
以の、子供向けの広報を、今なお事に保管しているなど、この広いのどこにいるというのか。
薫自、あのをるに処分したと言っていた。
そして卓郎自もまた、歳の、先代の元へ弟子入りしたあの、子供の頃のガラクタをすべてゴミ袋に放り込んで捨ててしまったのだ。
そのの景が、突然、烈な痛みを伴って脳裏に蘇った。
学を卒業し、へはかずに鳶になると決めた歳の。
自分の部の本棚から、ものづくりセンターの館報の束を黒いゴミ袋へ乱暴に押し込んでいた卓郎の背に、台所から母・代の声がかかった。
『……卓郎。それ、本当に捨ててしまうのかい?』
エプロン姿で柱にをついた母が、寂しそうにそう言ったのだ。
卓郎は振り返りもせず、『もう職になるんだから、こんな子供の遊び具を取っておいても仕方ねえだろ』と吐き捨て、集積所へ投げ捨ててきたのだった。
夜。事務所に戻った卓郎は、机のに置いたスマートフォンの画面を、暗ので何も見つめ続けていた。
ディスプレイには、この、ただの度も押すことのなかった話番号が表示されている。
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母の代が「会社を畳みなさい」と泣き叫んだのは、父のの法が終わってすぐのことだった。
『おまであんないところから落ちてぬ姿なんて、私は絶対に見たくない!』
代は台所の柱にすがりつき、涙で顔をぐしゃぐしゃにして訴えた。
卓郎はその母のを乱暴に振り払い、着替えだけをボストンバッグに詰めて実をびした。それ以来、度も連絡を取っていなかったのだ。
父の遺した会社を潰すわけにはいかない理由を何つ説せず、「度と配はかけない」と言い放ったきり、親子の縁を切るようにしてきてきた。
今更、どんな顔をして話をかければいいのか。
どんな声をせばいいのか、見当もつかなかった。
けれど――卓郎の脳裏に、薫の姿が浮かんだ。
社に断られても、社目の扉を叩いた。
自分の名も、誇りも奪いられながら、それでもを向かずに、幼い娘のを引いてを歩こうとしていた。
卓郎は肺腑の底から息を吸い込み、緑の通話ボタンを指先でタップした。
プルルル、プルルルと、呼びし音が回鳴り、に途切れた。
『……もしもし』
ぶりに聞く母の声は、記憶のの響きよりも、ずっと細く、掠れていた。
「……母さん。卓郎です」
受話器の向こうで、ハッと息を呑む気配がした。
永かとわれるほどの沈黙の、代の震える声が返ってきた。
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『……卓郎かい? 本当に、卓郎なのかい……?』
「……ご無汰してます。急に話して、すみません」
『体は……体は丈夫かい? ちゃんと、ご飯はべてるのかい?』
唐突に投げかけられたのは、叱責でもみ言でもなく、ただ息子の体を気遣う言葉だった。
ぶりに連絡をしてきた義理な息子に、母親が最初に確認したのが、それだったのだ。
「……べてます。仕事も、続けてます」
『そうかい……そうかい……』
代は同じ言葉を度繰り返し、それから受話器の向こうで、いがけない言葉をにした。
『卓郎……母さんね、ずっと、おに謝りたかったんだよ』
「……え?」
『あの……会社を畳めだなんて、言うべきじゃなかった。浦組は、お父さんがかけて、命を削って作ってきただったのに……母さん、怖くてたまらなくて、あんな酷いことしか言えなくて……』
受話器越しに、母がをすする湿った音が聞こえてきた。
卓郎はわず目を固く閉じた。
「……母さん。俺の方こそ、ごめん。配してくれてたのに、酷いこと言ってびして……本当に、すまなかった」
声にしてみれば、たったで済む謝罪だった。
この簡単な言葉をにするために、どうしてものが必だったのだろうか。
それから、は互いの況をぽつりぽつりと話した。
代の膝の関節が悪くなり、医者に通いながらも、裏の畑で野菜を作り続けていること。
所の子供たちにその野菜を配っていること。