"地上二メートルから見上げる逆転の空" 第17話
その週の曜の夕方。
全員が現から引き揚げ、具のを落としていた、薫が無言で卓郎の机のに歩み寄り、通のい封筒を差しした。
封筒の表には、几帳面な文字で『退職届』と墨きされていた。
「……受け取れません」
卓郎は線を封筒から逸らし、く言った。
「浦さん。私がこの会社にいる限り、あのは浦組を兵糧攻めにし続けます」
「それはあの男の卑劣さの問題です。あなたの責任じゃない」
「私の問題なんです!」
薫の声が、会って以来初めて、激しくを震わせて裏返った。
「自分と娘をべさせるために、拾っていただいた切な会社なんです! その会社を……私の過のいざこざのせいで潰すわけにはいきません!」
卓郎は黙って封筒をに取ると、自分の机の番い引きしに入れ、カチャリと真鍮の鍵をかけた。
「……この退職届は、預かるだけです。受理はしません。来週の曜、いつも通りに勤してください」
薫は何も答えなかった。
ただ、あの面接のと同じように、く、く腰を折ってをげると、向のを引いて夕のへと消えていった。
けて、曜の朝。
卓郎はいつもと同じ午に、事務所のシャッターをガラガラと押しげた。
シャッターのに、つのさなはなかった。
卓郎はをて、たい朝靄のち込める砂利を、通りの角まで見渡した。
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けれど、み始めた通りのどこを探しても、きなカバンを提げた母親の姿も、黄いヘルメットをかぶった女の子の姿も、も形もなかった。
事務所に戻り、いつもと同じように油コンロにをつけ、ヤカンを乗せた。
い湯気が勢いよくちり、計の針がを回り、半を過ぎても、引き戸がく気配は微もなかった。
卓郎の携帯話の画面が、く震えた。
届いていたのは、薫からのいメールだった。
『本当にお世話になりました。これ以、浦組の皆様にご迷惑をおかけするわけにはまいりません。どうか、お体を切になさってください』
それだけだった。
震える指で発信ボタンを押し、話をかけ直しても、たい子の呼びし音が事務所のに虚しく響き続けるだけだった。
作業の奥には、向が遊んでいた端材の段ボール箱が、そのまま残されていた。
積みかけの片の塔が、倒れないまま静かに佇んでいる。
そしてその向こうには――あの、卓郎が恐怖に震えながら組みげた、さメートルのあのの櫓がっていた。
てっぺんの単管に結ばれた割箸の旗は、赤いクレヨンの丸がし褪せ、の隙に吹かれて寂しげに揺れていた。
卓郎は、櫓のにった。
段目にをかける。
段目にを乗せた――その瞬。
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のひらが激しく痺れ、喉の奥がキュッと収縮して、呼吸ができなくなった。
あの、あれほど自然に登り切ることができたはずの、たったメートルのさ。それなのに、今の卓郎には、その先の板へ踏みすための歩が、どうしてもがらなかった。
卓郎は単管から力なくをし、たいコンクリートのに崩れ落ちた。
自分をあのみへと押しげてくれていたものが何だったのか、失って初めて、痛いほど理解できた。
片の触れう乾いた音も、方のをる鉛の音も、そして「すじかいあるよ!」という舌らずなあの励ましの声も、何つない朝。
事務所のが、これほどまでに寒く、果てしなく広い所だったとは、卓郎はらなかった。
そのの夕方。
卓郎は机から薫の履歴を引っ張りし、そこにかれていた所を頼りに、軽トラックをらせた。
線沿いに佇む、築のトタン張りの階建てアパート。
錆びついた階段をがるたび、鉄板が段ごとにギシギシと乾いた鳴をげた。
〇号のチャイムを鳴らすと、ドアの向こうでトタトタとさな音が駆けてきた。
「たくちゃんだ!」
向の声だった。
だが、ドアはドアチェーンがピンと張られた隙分しかかなかった。
隙から覗いた薫の顔は、曜の夕方に見たよりもさらに青く、痩せこけて見えた。
「……どうして、ここが」
「引きしの退職届は、まだけていません。