"地上二メートルから見上げる逆転の空" 第11話
その押し付けがましくない沈黙が、今の卓郎には何よりもありがたかった。
段目にをかける。
まだ、鉄パイプのたさを靴底が捉えている。
段目にを乗せた瞬、ドクン、ドクンと、の内側で臓が暴れ狂う音が響き始めた。
そして段目――。
界の端がサーッとく滲み、喉の奥がカラカラに乾いて息が入らなくなった。
軍ので吹きした脂汗が滑り、握りしめたパイプの触が消え失せていく。
奥歯を激しく噛み締めると、のに古い貨を舐めたような、苦い鉄のが広がった。
(駄目だ……落ちる……!)
卓郎は恐怖のあまり、ぎゅっと目を閉じた。
ので目を閉じるなど、職としては自殺為だ。体のどこかが「目をけろ」と鳴をげている。
そのだった。
真の面から、澄んだ甲い声が響いてきた。
「すじかい、あるよ! さんかくは、つよい!」
自分がさっき、この子に教えた言葉が、そのまま真っ直ぐに返ってきた。
卓郎はハッと目を見いた。
元のトラス――自分が正確にボルトを締めげた、斜めの単管パイプが界にび込んできた。
寸法に狂いはない。クランプのトルクも完璧だ。
この櫓は、の誰でもない、自分自が命を預けるために組んだなのだ。自分が組んだが、崩れるはずがない。
卓郎は震える膝を力でねじ伏せ、もう段、をねげた。
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板の端に指先が届き、腕の力で全を引きげる。
膝がガクガクと激しく笑い、完全に直するまでに酷くがかかったが――それでも、卓郎は確かに、メートルの板のにちがっていた。
ぶりに見ろす、事務所のの景だった。
見慣れていたはずのが、まったく違う広がりを持って網膜に映る。
茶く黄ばんだ程表の隅の剥がれも、鴨居に掲げられた先代の遺の額縁に溜まった埃も、このさにたなければ決して見えないものだった。
卓郎は着のポケットから麻紐を取りすと、単管のに旗の割箸を添え、慣れた付きでクルリと紐を回して結び止めた。
引けば引くほどく締まり、けれど解こうとすれば瞬で緩む、職の結び目。
「向ちゃん……これ、『もやい結び』って言うんだ。を繋いだり、が命綱を預けるための、絶対に解けない結び方だよ」
「もやい?」
「そう。く引っ張られるほど固く締まるのに、解きたいにはちゃんと解ける。議だろう」
赤い丸を描いたさな旗が、事務所の井のすぐで、換気扇の微を受けて誇らしげに揺れた。
元で、向がピョンピョンとびねながら、両を空へ突きして笑っていた。
りる作は、登るよりも遥かにく、果てしないものにじられた。
に両の全靴がついた瞬、卓郎の膝から完全に力が抜け、そのに崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。
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作業の背は、夕にられたかのようにびっしょりと汗で濡れそぼっていた。
荒い呼吸がうまでに、何分もかかった。
薫が何も言わず、湯呑みをすっと差ししてくれた。がらしの煎目の番茶は、すでにがく、ぬるくなっていた。けれど、渇き切った喉にはその苦が染み渡るように濃く、むごとに、のにへばりついていた鉄のが消えていった。
「今は、メートルでしたね」
薫は、現の検査記録を読みげるような、淡々とした静かな声で言った。
「も、同じさでいいといます。焦ってく組みげたは、必ずどこかに歪みがます。……も、同じですから」
卓郎は、震えるで湯呑みを握りしめたまま、たださく頷くのが精杯だった。
見げれば、櫓の元で、向が赤い旗を指差しながら、母親に何かを自げに懸命話している。
その柔らかな横顔を見つめながら、卓郎はふとった。
このは、これほどの確かな腕と識を持ちながら、なぜこれほどまでにく、そして孤独に耐えていられるのだろうか、と。
その理由を卓郎がることになったのは、それから数のことだった。
朝からたいがトタン根を激しく叩き、予定されていた戸建ての改修現はすべて止になった。
久保田と田は資材倉庫の理にかけ、事務所には卓郎と薫のだけが残されていた。