"ヤクザが凍りついた夜" 第10話
る必もない。
そのことが、誠にはよかった。
自宅へ着く。
古い軒の鍵をけ、玄関の灯をつける。
「ただいま」
当然、返事はない。
それでも5、毎言ってきた。
着を脱ぎ、仏壇のへ座る。
美代子の写真がある。
若い頃ではなく、くなる2にで旅したの写真だ。
しふっくらした顔で笑っている。
誠は線を本てた。
「今も、無事に終わりました」
し考える。
「ちょっと騒がしい夜だったけどな」
写真のの美代子が呆れているように見えた。
あなたはもう戦わなくていいのよ。
あの声が聞こえた気がする。
「分かってるよ」
誠はさく答えた。
「今回は、仕方なかったんだ」
しばらくをわせる。
それから寝へ向かった。
鏡のを通った、自分の姿が目に入る。
髪。
い皺。
し細くなった肩。
どこから見ても78歳の老だった。
それでいい。
翌朝。
6に目を覚ました。
いつものように仏壇へ線をあげる。
トーストを焼き、目玉焼きを作り、コーヒーを淹れた。
夜の来事を報じる聞記事などない。
町がひっくり返るわけでもない。
誰かから表彰されるわけでもない。
静かな朝だった。
数週。
誠はまた、はっちゃん堂の簾をくぐった。
「いらっしゃい」
初がいつもの声で迎える。
「今は何にします?」
「根と卵。それから本酒を本」
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「はいよ」
特別な席は用されていない。
田が振り返る。
「こんばんは、誠さん」
「こんばんは」
佐藤夫妻もいる。
田もいる。
誰もちがらない。
誰もをげない。
それが嬉しかった。
誠はいつもの番奥へ座る。
初がおでんを置く。
湯気の向こうで、赤提灯が揺れている。
「今は平ですね」
初が言った。
誠は徳利を持ちながら笑った。
「それが番ですよ」
誰もがっている。
この老が、ただのい寄りではないことを。
若い頃に厳しい訓練を受け、危険のでを守る仕事をしていたことも、あの夜の件で分かった。
それでも、こので彼を特別な名で呼ぶ者はいなかった。
原隊員でもない。
先でもない。
英雄でもない。
ただの、誠さん。
それこそが彼の望んだ正体だった。
誠はさな盃をへ運んだ。
おでん鍋の湯気。
常連たちの笑い声。
初の「いから気をつけて」という声。
そんな何でもない夜ので、誠はふと美代子をいした。
でも丈夫。
妻の最の言葉を、以の誠は「できろ」というだとっていた。
今はし違う。
でつことができるだからこそ、誰かと同じ所にいてもいい。
守られることも。
誰かを頼ることも。
しいと笑うことも。
さではない。
「美代子」
ので名を呼ぶ。
「俺はもうし、こっちでやっていけそうだ」
誰にも聞こえない声だった。
初が空いた皿をげる。
田がくだらない仕事の愚痴を言う。
佐藤夫妻が笑う。
誠もつられて笑った。
では京の夜が古いを抜けていく。
赤提灯は今夜も静かに揺れていた。
そしてその奥には、誰よりも静かに酒をむ78歳の老がいた。
もう、その背を見て彼をいとう者はいなかった。
けれど本だけは、これからも同じ言葉をにするのだろう。
「私は、ただの寄りですよ」
その言葉に嘘はなかった。
彼にとって本当に守りたかったものは、過の肩でも、さを証する会でもない。
した妻とのいを胸に抱きながら、誰にも恐れられず、誰も恐れず、杯の酒を静かにめる。
そんな平凡な夜だった。
完