"喪服妻を捨てた3日後" 第1話
「署名してくれ。もう限界なんだ」
父の告別式を終え、親族が帰った直だった。夫の浩司は喪姿の由美のへ婚届を置き、半も父親の介護にかかりきりで、社の妻として何つしてこなかったと責めた。
廊には、浩司が経営する建材会社「都プロテクト」の広報主任、歳の川美穂がっていた。彼女は浩司のコートと鞄を腕に掛け、葬儀を伝った親族より自然にのへ溶け込んでいた。
「美穂さんと暮らすの?」
由美が尋ねると、浩司は否定しなかった。「彼女は会社の将来を理解している。君のように事なにいなくならない」
由美は歳、浩司は歳だった。結婚、子どもはいない。会社を始めた頃、由美は建材試験関の仕事を辞め、請求作成から苦対応まで無で伝った。会社がきくなってからは正式な総務社員となったが、社夫なのだからと休の接待や贈答品の配まで任されていた。
父の正が肺の病気で倒れた半、由美は介護休業を取った。浩司は最初こそ「親孝してこい」と言ったが、かには会へろ、取引先の妻へ季節の品を届けろと催促した。
由美が断るたび、美穂が代わりを務めた。会社の写真には、浩司の隣で笑う美穂が増えていった。
由美は婚届の妻の欄へ署名し、印鑑を押した。
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ただし、財産分与も退職条件もかれていないにはを触れなかった。
「届はの朝、自分で提してください。私は会社へも戻りません」
浩司の顔に堵が広がった。彼は美穂と並んで玄関をたが、美穂だけは度振り返った。その目には勝ち誇ったではなく、何かを測るような緊張があった。
由美の喪の内ポケットには、父から預かった古い真鍮の鍵が入っていた。くなる、正は酸素マスクをし、「葬儀が終わるまで作業をけるな。浩司君が何を選ぶか、先に見なさい」と言った。
翌朝、由美は婚届が受理されたことを戸籍担当窓で確認した。しみより先に、つの仕事を同に終えたような疲労が来た。
午、父が借りていたさな作業へ向かった。鍵を回すと、棚には古い試験器具とつのの容器が並んでいた。机のには、付と温度だけが記された枚のがあった。
その末尾に、父の字でこうかれていた。
《都の製品ではない。だが、都のラベルが貼られている》
由美はそので浩司へ話しそうになり、を止めた。父の言葉だけを真実と決めれば、夫の言葉だけを信じた美穂や社員と変わらない。つの容器がいつ、誰から、どの状態で届いたのかを確認する必があった。
作業の隅には宅配便の箱が畳まれ、のさな施会社の所が残っていた。
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伝票の付は、正が入院する週だった。病状が悪化するでも父は、自宅へ持ち帰らず温度管理のできる作業に置いていた。
由美は父の几帳面さに胸が痛んだ。介護、正が何度も「へきたい」と言った、仕事を忘れて治療に専してと叱った。父は会社のを守ろうとしていたのではなく、使われた建物の先にいるを配していたのかもしれない。
机のから、由美がに作った試験記録の様式がてきた。結婚直、浩司の会社を伝うため夜まで数字を入力した用だった。名の欄は空で、会社の資料では浩司と正の成果として扱われている。
由美は初めて、自分も会社の始まりにいたことをいした。社夫として飾られただけではない。測定し、失敗した試料を片づけ、顧客が理解できる言葉へ直した。その仕事を自分からさくしてきた。
窓を閉める、作業の状態を写真に残した。鍵を父の弁護士へ預け、遺品理が終わるまでで物をかさないことにした。復讐に使える宝を探すのではなく、父が途まで調べた問いを、最初から確かめ直すためだった。
つの容器は、都プロテクトの主力商品「ガードシール寒用」だった。老朽化した集宅の壁へ塗り、の侵入を防ぐ補修材で、父がに発した配を基にしている。