"「母さん、車に乗れないから来なくていい」――家族に捨てられた母と消えた1200万円" 第19話
私が選んだ12A
3の終わり、田駅の改札から翔太と美咲が並んでてきた。2だけで幹線に乗るのは初めてで、翔太は何度も乗券を確かめ、美咲は梅柄のお玉袋を胸ので抱えていた。
この2かで、私の部にはしずつ活のが戻っていた。成りのカーテンを掛け、2用ののテーブルを買い、窓辺には駅ので選んださなシクラメンを置いた。毎週曜には公民館の体操教へ通い、帰りにりった女性とで野菜を選ぶ。誰かの朝ににわせるためではなく、自分が気持ちよく目覚めるために、朝7にカーテンをけるようになった。
京から送られてきた段ボールは全部で7箱あった。夫の写真、着物、古いアルバム、私名義の領収は揃っていたが、割れた写真てだけは戻らなかった。私は同じ物を探さず、田で撮った景の写真と夫の写真を、しい枠へ並べて入れた。失った形を無理に戻さなくても、残したい記憶は自分で置き直せる。
私は夫の妹・恵子と緒に迎えた。尚弥とは、駅へ着いたと帰りの列に乗ったに連絡する約束をしている。子どもたちを使って私へづかないこと、銭の伝言を持たせないことも守られていた。
美咲は私を見るなり駆け寄ったが、途でを止めた。
広告
以なら迷わず抱きついてきた子が、今は私の顔をうかがっている。
「おばあちゃん、ごめんなさい。あの、何も言えなかった」
「怖かったのね」
私が両を広げると、美咲はようやく胸へび込んだ。背がし伸びていて、抱いた肩は私がっていたより細かった。
翔太もくをげた。
「俺、ばあちゃんがのこと全部やってくれるのが普通だとってた。の席だって、荷物をどければ座れたのに……本当にごめん」
「謝ってくれて、ありがとう。次に同じことをしないなら、それでいいの」
美咲は抱えていた2つの封筒を差しした。
「捨てられなかった。でも、今さら受け取ってもいい?」
私は翔太と美咲に1つずつ渡した。あのの沈黙を忘れたわけではない。それでも、自分の言葉で謝りに来た2へのお玉まで、罰に変えるつもりはなかった。
「これは正10に渡すはずだった分。今ここへ来た交通費とは別だから、受け取って」
2は封をけず、そろってをげた。
そのの昼、私たちは駅くの焼肉へった。予約は4分。誰かをすためではなく、来ると約束した4がゆっくり座れる席を、私が自分で選んだ。
翔太は肉を焼くたびに、「これはもう丈夫」「まだ赤い」と忙しく私の皿を見た。以の言を気にしているのが分かり、私は笑ってトングを取った。
広告
「急がなくていいのよ。べる速さは、自分で決めるから」
美咲が吹きし、恵子も笑った。4でべた会計は1万2800円。私がそうとすると、翔太がアルバイトで貯めた3000円を差しし、美咲も遣いから1000円をした。
「今は、ばあちゃんに払ってもらうために来たんじゃないから」
残りは恵子と私で半分ずつにした。額はさくても、誰かひとりの財布を当然のように当てにしない卓は、5のどのより温かかった。
午は田跡公園を歩き、まだ咲き始めたばかりの桜を4で見た。美咲は私の腕を取ったが、支えるためではなく、緒に写真へ入るためだった。翔太が撮った1枚には、のセーターを着た私と、恵子と孫2が並んでいる。
京のから届いた私物のに、夫が5に選んだそのセーターも入っていた。正10には、置いていかれた自分をみじめに見せるのようにじたのに、今はのにちょうどよかった。
夕方、孫たちを改札で見送ると、美咲が振り返って叫んだ。
「今度は休みに来るね。お伝いもするから!」
「おはいらないからね」と翔太が慌てて付けし、私は笑ってを振った。
尚弥からは、《2を迎えた。会わせてくれてありがとう》とだけ届いた。余計な頼み事はなく、返事を急かす着信もなかった。私は《無事でよかった》と返し、スマートフォンを鞄へしまった。
桜産から戻った1200万円は、しい活の費用と将来の医療・介護に備え、私自の座で管理している。田のマンションも売らず、鍵は私と管理会社しか持っていない。遺言については佐藤へ相談し、誰かに急かされず、自分ので決めることにした。
偽造類の件では、恵理とが警察の事聴取を受けた。捜査は続いており、私は結果を急がせなかった。望んでいるのは派な復讐ではなく、同じ方法で度と私にもの誰かにもづけないよう、したことを正式な記録へ残すことだった。
翌朝、私は恵子と再び田駅にった。き先は沢。2泊3、旅費用は2で12万円。たちから取り戻したを見せつけるためではなく、これからのを自分のために使う練習として計画した旅だった。
ホームへ幹線が入り、たいがコートの裾を揺らした。予約した座席は12Aと12B。正10の夜、ひとりで京をれたと同じ窓側の番号である。
「子さん、今度はどちらが窓側に座る?」
恵子に聞かれ、私はし考えてから答えた。
「きは私。帰りは恵子さん。半分ずつにしましょう」
内へ入り、キャリーケースを荷物棚へ載せると、窓のには朝に照らされたが見えた。3か、同じ12Aで握りしめていたのは、実印と通帳と、誰にも居所をられてはいけないという恐怖だった。
今、膝のにあるのは、2分の旅程表と、孫たちと撮った写真だけだ。
発ベルが鳴った。私は追いされたを振り返らず、これから見る町の名を線図で確かめた。
今度の12Aは、逃げるための席ではない。
私が自分のへ帰っていくために選んだ席だった。