"旅行代を全額68万円出したのに現地で「年寄りはすぐ疲れて足手まとい」と別行動された" 第1話
ロビーに残された母
「お義母さんは、今はホテルで休んでいてください」
朝を終えたばかりのレストランで、美咲はテーブルのの観パンフレットを2つに折った。窓の向こうでは、朝の切れから芦ノが淡くっている。
「美術館も遊覧も歩きますから。72歳のお義母さんに途で疲れられると、私たちも困るんです」
言葉だけなら気遣いに聞こえる。けれど、美咲の声には相談する余がなかった。私の隣に座る直はコーヒーカップを見たまま、何も言わない。
私は旅用に買った歩きやすい靴を履き、の着も用していた。2泊3の族旅を楽しみに、1週から気予報まで確認していたのだ。それでも美咲は、私の元ではなく、子の背に掛けた古い革のバッグへ目をやった。
この旅を言いしたのは直だった。2週、「たまには3でゆっくりしよう。母さんへの親孝もしたい」と話をかけてきた。宿泊先だけは私に選んでほしいと言われ、私は夫とのいが残る箱根を予約した。費用をすと伝えたとき、直は度だけ慮したものの、美咲がきたがっているからとすぐに受け入れた。それでも、同じ景を見ながら話せるなら分だとっていた。
「昨もいましたけど、そのバッグで館内を歩くのは、ちょっと……。
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せっかくいいホテルに来ているんですから」
茶い革は角が擦れ、持ちにも細かなひびが入っている。35、夫の隆が最初のホテルをいたに買ってくれたものだった。しいバッグを買う余裕などなかったころ、彼が初めて自分の料から選んでくれた。古くても、私には捨てる理由がない。
「今はこれでいいの」
そう答えると、美咲はさく息を吐いた。
「じゃあ、ロビーでゆっくりしていてください。ホテルなら何かあってもスタッフがいますし」
「直、あなたもそううの?」
47歳になった息子はようやく顔をげたが、目はわなかった。
「母さん、無理しないほうがいいよ。俺たちも予定があるから」
その“俺たち”に、私は含まれていなかった。
テーブルには3分のコーヒーカップがあるのに、パンフレットはいつのにか2のへ寄せられていた。直が昨まで話していた「親孝」という言葉が、急にいのようにじられた。私は何か言い返そうとして、やめた。引き止めて同しても、2のろを気にしながら歩く1になるだけだった。
エレベーターで美咲は鏡を見ながらを直し、直はスマートフォンでの到着を確認していた。私がし遅れてロビーへりると、2は玄関に止まった黒い送迎へ乗り込むところだった。
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「夕方には戻りますから」
美咲は窓越しにそう言ったものの、を振りもしない。直は度こちらを見たが、すぐにを向いた。が畳の坂をり、杉の向こうへ消えていくまで、私は自ドアの内側にっていた。
静かなロビーには、炉の薪がはぜる音と、コーヒーのりだけが残った。昨夜まで族旅だとっていたものが、実際には私が費用を払い、2を送りすための旅だったのだと、ようやく形を持って胸に落ちてきた。
ソファに腰をろすと、スマートフォンにカード会社から利用通が届いた。
《グランドリゾート箱根 680,000円》
宿泊費も事も送迎も、全額私の座から支払われている。その数字を見つめていると、続けて族3のLINEにしいメッセージが表示された。
送信者は美咲だった。
《おだけしてくれれば、それでいいのよ。寄りはホテルで留守番させておけばいいから》