"左足だけの靴箱" 第12話
ワインレッドのパンプス。
は、のに私が買い、に馴染むまで切に履き慣らした旧品。
は、吉岡静の部の箱から回収した、度もを踏んだことのない同型の品。
つの靴を並べて置くと、夕方の陽が窓から差し込み、品のの革を艶やかに照らしした。の革には微かなシワとつま先の擦れ傷があるが、つわさると、まるで最初からそうであったかのように完璧な対をなしていた。
「さん……いいえ、今や『坂本さん』ですね」
引っ越しの、弁護士の古賀先から連絡を受け、私はいつもの弁護士事務所の応接にいた。婚届が受理され、戸籍謄本の記載が旧姓の「坂本彩」に戻った直のことだった。
「はい。すべての続きが完したのですね」
「ええ。ご主……直氏の隠し座から差し押さえた資産、および彼が保していた務の株式の売却益、わせて千百万円が、正式にあなたの座へ着しました。務側も、業務過失致の使用者責任および私文偽造の祥事が公になるのを恐れ、追加で百万円の示談を提示してきました。こちらもあなたの受取座へ振り込みが完しています」
テーブルのに置かれた通帳をくと、そこには千百万円を超える数字が印字されていた。
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それは、夫が吉岡輝の命と、私とのの活を切り売りして蓄えていた血の混じっただった。だが、私はこのに対して瞬の躊躇も罪悪も抱かなかった。
「このおは、吉岡輝さんのご遺族……事故の際、正当な補償を受けられなかったの親族の方々への寄付と、私のこれからの自資として使わせていただきます」
古賀先はメガネの位置を直し、満そうに頷いた。
「それが賢でしょう。それから……直氏と渡辺被告の刑事処分についてですが」
古賀先は数枚の公文のコピーを提示した。
直は、業務過失致罪、印私文偽造・同使罪、および業務横領罪で正式に起訴された。全管理を怠ったでの事故隠蔽と、遺族への補償の横領が極めて悪質と判断され、実刑判決は免れない見込みだという。
産の渡辺も、恐未遂および証拠隠滅の罪で起訴され、彼が過にっていた悪質な産取引の余罪についても本格な捜査が入っているとのことだった。
「直氏は拘留、何度もあなたに会いたいと泣き叫んでいるそうですが……」
「面会にくつもりはありません」
私は古賀先の言葉を遮るように、きっぱりと言い放った。
「彼が償うべきは、私に対してではなく、命を奪われた吉岡輝さんと、そのおばあさんに対してです。
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私にできるのは、彼というを私のから完全に消しることだけです」
「分かりました。面会拒否の続きを正式に提しておきます」
弁護士事務所をると、はつないれの空が広がっていた。
たく澄んだが頬を撫でていく。
の、あの事故が起きたから、私のは止まっていたのかもしれる。夫の嘘、隣の狂気、奪われた靴、夜の領収。それらすべてが、私のらないところで静かにがの台を蝕み、私を偽りの平穏のに閉じ込めていた。
だが、箱はかれたのだ。
吉岡静が遺したあの段ボール箱は、私を破壊するための罠であったと同に、私が偽りの呪縛から抜けすための唯の鍵でもあった。
彼女は自分の命が尽きる直、どんないであの箱のテープを留めたのだろう。
孫を奪った男の庭を破滅させるための最の撃。
だが、彼女がの淵で放ったその矢は、私を打ち倒すのではなく、私を偽りの檻から解き放つ結果となった。
しいマンションの玄関にち、私はワインレッドのパンプスにを滑り込ませた。
の古い革は、私のの形をしっかりと記憶しており、包み込むようなを与えてくれる。それは、私がこれまで自分ので歩み、苦難をき抜いてきた歴史そのものだ。
のしい革は、まだし固く、真しい匂いを漂わせている。それは、これから私が自由に踏みしていく、真っな未来そのものだ。
カツン、カツン。
階段をり、アスファルトのへ踏みすと、のからよい踏みしめの音が響いた。
履きは、完璧だった。
過の傷を抱えたと、しい希望を纏った。
つの靴が揃って、初めて私は自分ので、自分のを歩み始めることができるのだ。
のイチョウの葉が、にって黄のを放っていた。
私は度もろを振り返ることなく、青空の広がるしいの雑踏のへと、力く踏みしていった。