"存在しない孫" 第8話
さな財布だった。
シンプルな革の財布。
そして。
枚の。
祖母の字。
私は母と緒に、そのを見る。
そこにはい言葉だけがかれていた。
『拓へ』
『あなたがまれなくても』
『あなたの母親がきたまで、消えるわけではありません』
母の指が止まった。
私は息を止めた。
祖母は最に。
孫ではなく。
娘へ向けて、この箱を残していた。
にかれた祖母の言葉を、母は何度も読み返していた。
『あなたがまれなくても』
『あなたの母親がきたまで、消えるわけではありません』
い文章だった。
祖母らしいとった。
いつもくを語らないだった。
何か切なことほど、簡単な言葉で残すだった。
けれど。
そのい言葉のには、分のいが詰まっていた。
母はを机のに置いた。
「おばあちゃんらしいね」
さな声だった。
「そうう?」
私は聞いた。
母は頷く。
「うん」
「でも」
私はし迷ってから言った。
「苦しくなかったの?」
母は黙った。
「この箱を見るたびに」
「拓っていう名を見るたびに」
「自分が選ばなかったをいすことにならなかった?」
母は窓のを見た。
庭の梅の。
祖母が毎入れしていた。
「なったよ」
母はあっさり答えた。
「何度も」
私はし驚いた。
母はいつも、丈夫というだった。
できる。
諦められる。
でも今の母は違った。
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「若い頃はね」
母は続けた。
「おばあちゃんが悔していることが苦しかった」
「私が残ったことを、おばあちゃんは自分の責任だとっていたから」
「でも違うよね」
私は言った。
母は頷いた。
「違う」
「私は自分で決めた」
その言葉には、はっきりしたさがあった。
「誰かにを奪われたわけじゃない」
「私が選んだ」
「だから、本当は誰かに謝ってほしかったわけじゃないの」
私は黙って聞いた。
母は続ける。
「ただ、おばあちゃんには分かってほしかった」
「何を?」
「私が失敗したわけじゃないってこと」
その言葉が胸に刺さった。
祖母は母を責めたかったわけではない。
でも。
「別のもあったのに」
といういを持ち続けることは、今のを否定することにもなってしまう。
母はそれをじていた。
その。
玄関のチャイムが鳴った。
川さんだった。
にはさな袋を持っている。
「ごめんなさい」
に入るなり、川さんはをげた。
「最の荷物について、ちゃんと話しておこうとって」
母は静かに頷いた。
「文さん」
「はい」
「母は……」
母はし言葉を探した。
「本当に、拓を待っていたんですか?」
川さんはしばらく黙った。
そして首を横に振った。
「違うとう」
な答えだった。
「違う?」
「ええ」
川さんは袋を机に置いた。
「最初の頃、さんは本当に孫を像していたかもしれない」
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「でも、途から変わっていった」
「どう変わったんですか」
川さんは箱を見る。
「直子さんのためになった」
母が顔をげる。
「私の?」
「そう」
川さんは頷く。
「さんはね、あなたが自分のを失ったとっていた」
「だから、せめて記録だけでも残したかった」
「もし別のを歩いていたら」
「もし違う選択をしていたら」
「そこにもちゃんとがあったはずだって」
私は聞いた。
「でも」
「はい」
「それって、母にとっては嬉しいことだったんでしょうか」
川さんは答えなかった。
しばらくして。
「分からないわ」
と言った。
「さんはでしていた」
「でも」
川さんは続けた。
「だから、全部正しいわけではないもの」
その言葉に、母が静かに頷いた。
私は川さんを見た。
このも、祖母と同じを見てきただった。
「文さんは」
私は聞いた。
「なぜ、送り続けたんですか?」
川さんはし笑った。
「約束したから」
「それだけですか?」
「それだけ」
でも、その表を見ると、それだけではない気がした。
「さなおをしていた頃ね」
川さんは話し始めた。
「直子さんが来てくれたことがあった」
「まだ代だった」
「すごく真面目でね」
「自分よりのことばかり考える子だった」
母は黙って聞いていた。
「その、直子さんが言ったの」
川さんは微笑む。
『いつか、自分の子どもに作りのものを渡せたらいいな』
「何気ない言だった」
「でもさんは覚えていた」
「ずっと」
私は箱を見る。
そのつつは、誰かのために作られたものではなかった。