"預けた通帳が消えた日" 第10話
さらに数か、の惣菜売りにの男が現れた。
作業を着て、し痩せた健だった。
静は鯖のみそ煮を容器へ詰めていたが、すぐには声をかけなかった。健も先から数歩れた所にち、母の顔をまともに見ることができずにいた。
「何を買うの?」
やがて静が尋ねると、健は驚いたように顔をげた。
「鯖のみそ煮を、つ」
「つでいいの?」
「今はだから」
静は黙って容器を袋へ入れた。健が財布をすと、静はほかの客と同じ額を告げた。
健は千円札を差しし、お釣りを受け取った。
「母さん」
「ここでは、静さんと呼んで。お客さんが混乱するから」
その言葉に健は傷ついた顔をしたが、反論はしなかった。
「分かった。静さん」
静は初めて息子の目を見た。以のような甘えも、妻の背に隠れていたさもれている。ただ、悔と疲れがく刻まれていた。
「、届いた?」
「届いたわ。包丁も」
「父さんの包丁、俺が持っていていいものじゃないとったんだ」
「そうね。あれはにあった方がいいわ」
健はさく頷いた。
「返したおだけど、残りも毎振り込む。しずつしか無理だけど、全部返すから」
静はすぐに「もういい」とは言わなかった。それを言えば、また息子から責任を取りげてしまう。母親が先回りして許し、始末をしてきたことも、健をいにした原因のつだった。
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「約束した額を、きちんと返しなさい」
「うん」
「苦しくても、黙って逃げないこと。返せないがあるなら、先に弁護士へ連絡しなさい」
「分かった」
静は健へ袋を渡した。指先が瞬触れたが、昔のようにそのを握ることはしなかった。
「今は帰りなさい」
健はくをげ、のへ向かった。数歩んだところで振り返ったものの、静は次の客へ鯵の蛮漬けを渡していた。
「また来てもいいかな」
慮がちな声に、静はし考えてから答えた。
「買い物ならね」
それは許しではなかった。しかし、完全な拒絶でもなかった。
健は目を赤くしながら、もう度をげた。
その、健はに度だけへ来るようになった。居はせず、惣菜をつ買い、況を簡単に話して帰った。
仕事で失敗したこと。さなアパートで初めて自炊をしたこと。洗濯物をためて困ったこと。美とは婚、度も会っていないこと。
静は聞かれたことにだけ答えた。を貸さず、部を用せず、仕事も紹介しなかった。
それでも健が帰るには、必ず言だけ告げた。
「体には気をつけなさい」
以の健なら、その言葉を当たりのように受け取っただろう。今は毎回、を止めて「ありがとう」と答えた。
あるの、健が帰った、田が売りの奥から顔をした。
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「しずつ、親子に戻ってきたな」
静は空になった惣菜の容器をねながら首を振った。
「元に戻ることはないわ」
「そうか?」
「ええ。戻らなくていいのよ。の私たちは、親子だから何をしても最には許されるとっていたもの」
静は売りの壁に飾られた刃包丁を見げた。
「これからは、お互いに相をのとして切にできるかどうか。それを確かめながら、しく関係を作るの」
田はしばらく黙った、納得したように頷いた。
夕方、静は売りを片づけ、のへた。のから吹くはたかったが、袋のの指先は温かかった。
息子を許すことだけが、母親のではない。
違いを違いとして伝え、責任を引き受けさせることも、にはなのだ。そして、自分自を守ることは、誰かを見捨てることではない。
静はへ続くを、ゆっくり歩いた。
かつてのように誰かのろをついていくのではなく、自分が選んだ方向へんでいる。ち止まりたければち止まり、疲れたら休み、会いたくないには会わない。それでも会いたいとえるが来たなら、自分ので扉をけばいい。
通帳も、も、残されたも、今は静自ののにあった。
夕に照らされた面が、細かなのを返している。静はそのを眺めながら、さく微笑んだ。
恐ろしい真実をったあの、は終わったのではなかった。
あのこそが、誰かの母親としてだけではなく、田静というのとして、もう度き始めただった。