"退職祝いは「孫の勤務表」" 第8話
問題は祖父の送迎だけでは解決しなかった。子どもが求めていたのは、必ずしもいではなく、自分の話が届く約束だった。
、麻が会社を辞めたいと言いした。保険営業の管理職候補へ推薦されたが、休の研修と転勤の能性があり、今の活では続けたくないという。
「美容の仕事を、もう度勉したい」
麻は代に諦めたをにした。すぐ美容師になるのではなく、働きながら通信課程と実習へ通い、資格を取る計画だった。
僕のに、昔と同じ計算がちがった。学費、収入減、齢、子育てとの両。失敗する能性をつずつ並べ、止める理由を探しかけた。
「直さんは何と言ってる?」
「計を計算してから決めようって。反対はしてない」
「結菜の送迎は?」
「週末の実習は直が見る。平は今の支援を使う。お父さんの曜は、続けられる範囲でお願いしたい」
麻はすでに、自分たちの計画を作っていた。僕を当然の員へ入れてはいない。
「お父さんは、どうう?」
見を求められ、僕は困った。何も言わないことが尊ではない。の教育ローンや職業訓練付について調べるよう勧め、収入が減る期を半ごとに見直す案をした。
「反対しないの?」
「配はしている。でも、配しているが決めることではない」
麻の目に涙が浮かんだ。
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「の、それを言ってほしかった」
「あのは言えなかった。悪かった」
僕は、学へかせたことそのものを謝らなかった。そこで得た友や仕事まで否定することになる。謝ったのは、娘が考えるに、自分の正解へませたことだった。
麻は会社をすぐ辞めず、半、週末の学説会へ通った。実際の実習をると、最初に考えた通信課程では難しいと分かり、夜のネイル技術講座へ方向を変えた。
を応援する物語なら、美容師になるまで突きむ方が美しいのかもしれない。だが、本が調べ、現実にわせて選び直したことの方が、僕には切にえた。
講座の受講料をめぐって、麻は度、僕へ援助を頼んだ。僕は払える額だったが、すぐ承諾せず、なぜ計からせないのかを尋ねた。直の収入ががったことに加え、以の引っ越し費用の返済が残っていた。
「また、お父さんに計画を見せないといけないの?」
麻はし苛った。僕も、娘の決を試験しているようになっていないか考えた。
「許をしたいんじゃない。贈るのか、貸すのか、僕自が決めるためにりたい」
話しいの結果、受講料の分のを僕たちから格祝いとして贈り、残りは麻が教育訓練の付制度と自分の貯で払った。僕は講座の選択へをさず、途で辞めても返を求めないと伝えた。
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麻は半、実技試験に度落ちた。格するまで黙っていようとしたが、週に自分から話した。
「昔なら、お父さんにほら見ろと言われるとってた」
「昔の僕なら言ったかもしれない」
「今は?」
「次を受けるか、やめるかは自分で決めればいい。落ちたことと、向いていないことは同じではない」
麻は次の試験を受け、度目で格した。族が応援したからがかなった、という単純な話ではない。失敗を隠さず、の期待ではなく、自分で続けると決めた結果だった。
久美子も、域の朗読会へ参加し始めた。最初は結菜が来ない曜を埋めるためだったが、回、自分の予定として続けた。
「あなたが旅へっても、ほど腹がたなくなった」
ある夜、彼女が言った。
「私にもく所ができたから」
「僕がにいないことが問題ではなかった?」
「私が待つしかしていなかったことが嫌だったのかも」
僕たちは老を、夫婦がいつも緒に過ごすにはしなかった。別々の予定を持ち、事を緒にするを確認する。面倒だが、誰かのを空いているものと考えないために必だった。
結菜が学へ入学した、娘夫婦の活はまた変わった。学童保育は午までで、麻の退勤ににわないがある。直は週回の宅勤務を会社へ申請したが、繁忙期には社が必だった。
以なら、しい担当表ががへ届いただろう。