"退職祝いは「孫の勤務表」" 第7話
へ発したのは、娘夫婦の引っ越しから週だった。久美子は駅まで見送りに来たが、旅程を細かく確認しなかった。僕も毎晩の話を約束せず、到着したと移したに連絡すると決めた。
廃線跡を歩くと、使われなくなったホームにが伸び、錆びた標識だけが残っていた。現役代の僕なら、設備の劣化や保守計画ばかり見ただろう。今回は、線がなくなったあとも駅舎を守る域のの話を聞き、写真に残した。
目、久美子から結菜がをしたと連絡が来た。麻は仕事を休み、直も午から帰るという。僕に戻ってきてほしいとはかれていなかった。
以なら、自分が必とされていないようで寂しかったかもしれない。だが、娘夫婦がまず自分たちで対応していることは、悪いことではない。僕は《配している。必なことがあれば連絡して》と返し、予定どおり旅を続けた。
帰宅、久美子と泊で伊豆へった。彼女は美術館と温泉を選び、僕は鉄の話をしすぎないよう努力した。目、駅で古い両を見つけ、分だけ写真を撮らせてもらった。
「全部しなくてもいいのよ」
久美子が言った。
「あなたも、美術館で待ってくれたでしょう」
僕たちは夫婦でいても、相が何をし、何を楽しんでいるか、確認せずに決めていた。
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曜の迎えは続いた。結菜は僕と公園へき、々資料館にも来た。直がく帰れるは、僕へ頼まず自分で迎えた。
ある曜、麻から急な迎えを頼まれた。僕は写真講座があり、断った。麻は困った声をしたが、別の保護者へ相談し、登録していた送迎支援を利用した。
翌、彼女から《昨は何とかなった。断ってくれてよかったかも》とメッセージが来た。
「どういうだ?」
話すると、麻は、自分が困れば最は両親が何とかしてくれるとっていたと認めた。送迎支援の登録も面倒で先延ばしにしていたが、度使うと、今の選択肢が増えたという。
助けないことで、相が別の助けを見つけるもある。もちろん、子どもの全に関わるまでを張るつもりはない。切なのは、緊急と便利を同じにしないことだった。
直はしい職で、最初から失敗しないにはなれなかった。試用期、部品の発注数を違え、司へ報告するまで半迷った。帰宅、麻へ自分から話したという。
「の会社を辞めたみたいに、隠そうとった」
彼はある曜、僕へ打ちけた。
「でも、隠しただけ、報告が難しくなると分かったので」
司は叱ったが、発注先へく連絡できたため、きな損失にはならなかった。
「僕に褒めてもらいたいのか」
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「しは」
直は苦笑した。
「報告したことはよかった。でも、僕の署名をした件とは別だ」
「分かっています」
僕たちの関係は親子のようにはならなかった。必なに話し、まだ信用できない部分はそのまま残す。それでも、以よりは互いを役割だけで見なくなった。
のある曜、結菜が迎えのので黙り込んだ。学の図で族の絵を描いたところ、友達から「おじいちゃんがお迎えなんて、ママが忙しすぎるんだ」と言われたらしい。
「ママは悪いの?」
僕はすぐ否定したくなったが、結菜が何を気にしているか聞いた。彼女は母親が仕事を辞めるかもしれないことと、自分のせいでの予定が増えていることを配していた。
「迎えに来るのは、僕が来たい曜だからだ。結菜が頼んだ仕事ではないよ」
「でも、おじいちゃん旅のは来ないよね」
「そう。来たいでも、別の予定があるは来ない。ママもパパも同じだ」
子どもへの責任を背負わせないためには、何でもしてあげる姿を見せるだけではりない。が自分で選び、断り、別の方法を探していることも伝える必があった。
その夜、麻へ学での来事を話した。麻は仕事を減らすと言いしたが、結菜本と話し、母が働くことをどうじているか聞くことにした。結菜は辞めてほしいのではなく、寝るに分だけ話すを増やしてほしいと答えた。
翌週から、麻は帰宅が遅いにも音声メッセージを送り、直は結菜が返事を録音するのを伝った。