"退職祝いは「孫の勤務表」" 第3話
同居は翌週から始まった。娘夫婦は類と結菜の机だけを運び、きな具はトランクルームへ預けた。かの試だと、なくとも形のでは守っていた。
最初の数は穏やかだった。直は朝の器を洗い、麻は活費万円を先に振り込んだ。僕も約束どおり曜に結菜を迎え、写真を撮りながら公園を歩いた。
問題は、さな例として始まった。
曜、麻から会議が入ったと連絡があり、迎えを頼まれた。曜、直の帰りが遅く、僕が夕を作った。曜、久美子が「せっかく皆いるから」と買い物を僕へ任せた。
つずつなら断るほどではない。だが週が終わる頃、最初に渡された担当表とほぼ同じ活になっていた。
「来週から、追加の依頼はまでにしてくれ。当の変更は緊急だけだ」
夕に伝えると、麻は疲れた顔でうなずいた。直はスマートフォンを見たまま、「仕事は予定どおりにいかないので」と言った。
「それは僕の予定も同じだ」
「お義父さんは、今は仕事してませんよね」
直の言で、部の空気が変わった。
僕は翌週、退職者向けの写真講座を予約していた。域の鉄資料館でボランティア説員をするための面談もある。与がなくても、僕にとっては自分で決めた予定だった。
「仕事をしていないのは、空いているではない」
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直は謝らず、「分かりました」とだけ答えた。
数、結菜のリュックから保育園の類が落ちた。《庭状況変更届》とかれ、同居族の欄に僕と久美子の名がある。僕の職業は《無職》、保育協力は《平対応能》となっていた。
署名欄には、《信夫》と僕の名がかれている。
僕の字ではなかった。
自治体によっては、同居する祖父母が健康で無職の、保育の必性を確認される。必ず入園できなくなるわけではないが、送迎や保育が能と申告すれば、延保育の審査や利用に響することがある。
「これは誰がいた」
僕は類を卓へ置いた。
麻の顔が変わった。直は、提期限が迫っていたため自分が記入したと認めた。
「署名まで、あなたが?」
「族の同は取れているといました。実際、迎えもしてくれています」
「週回だ。平対応能とは同していない」
久美子がに入った。
「私がいいと言ったの。お父さんも、結菜のためなら最は協力するとって」
僕の名を、妻の判断で使ってよいとったらしい。
「提したのか」
「まだ。、麻が持っていく予定」
僕は類を返し、事実どおりにき直すよう求めた。送迎は週回のみ、常保育は。僕の署名は自分でく。
直は声を荒らげた。
「それでは延保育が使えなくなるかもしれないんですよ。
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麻さんが仕事を続けられなくなったら、どうするんですか」
「制度へ嘘をして、僕を毎使えるとして固定する方が問題だ」
「嘘じゃありません。族が困っている、普通は助けるでしょう」
麻は黙ったまま泣いていた。僕が問いかけても、首を振るだけだった。
その夜、台所でをんでいると、結菜が起きてきた。
「おじいちゃん、パパにお仕事見つかったら、もうらない?」
「パパの仕事?」
結菜は、言ってはいけないことをにしたと気づき、両でを押さえた。
直は毎朝スーツでをていた。営業先との打ちわせがあると言い、帰宅も遅かった。
僕は結菜へ何も聞かず、部まで連れてった。
翌朝、直の会社へ話することはしなかった。代わりに本へ、今夜、仕事の状況を含めて話したいとメッセージを送った。
返事は昼すぎに届いた。
《今は話せません。お義父さんには関係のないことです》
関係がないと言う男は、僕の名で「平保育能」と申告し、僕のへ期限のない同居を始めようとしていた。
直はその夜、帰宅しなかった。麻は、友宅へ泊まると連絡があったと説した。僕が勤務先を尋ねると、彼女はとうとう、かに退職したことを認めた。
直は営業成績をめぐって司と対し、自分から辞めた。次の仕事はすぐ見つかるとい、麻の母子だけには配をかけたくないと、毎朝スーツで図館や求施設へ通っていた。