"家族じゃないなら、援助も終わり" 第9話
彦がこちらを見る。
「老って、っているよりいのよ」
病気になることもある。
を直す必がるかもしれない。
介護サービスを利用するも来る。
夫婦のどちらかが先にくなり。
で。
暮らす期が。
くなることもある。
2500万円という数字だけを見れば、慎太郎には「1000万円しても1500万円残る」とえたのだろう。
けれど。
その1500万円で。
何。
暮らせるのか。
病気になれば。
いくら必か。
慎太郎は。
考えていなかった。
自分が欲しい。
のことしか。
見えていなかった。
「自分たちのために貯めたおを、自分たちのために使う。それって当たりなのに、親になると忘れちゃうことがあるのね」
私が言うと、彦は笑った。
「由美子は特にな」
「何よ、それ」
「慎太郎がさい頃から、何でも先回りしてたからな」
否定できなかった。
私にも。
反省するところは。
ある。
助けることで。
を。
示してきた。
けれど。
何でも。
助けることが。
必ずしも。
相のために。
なるわけではない。
ある曜。
慎太郎が遊びに来た。
悠真はリビングに入るなり、彦へしいのおもちゃを見せていた。美咲は台所で私と緒にお茶を入れ、慎太郎は以のように何もせず座っているのではなく、自分から器を運んだ。
帰るになった、美咲が私にさな袋を渡した。
「何?」
「この、お義母さんが好きだって言ってたお茶です」
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「わざわざ買わなくてもいいのに」
そう言うと、美咲はし照れたように笑った。
「いつももらってばかりだったので」
その言が。
しだけ。
嬉しかった。
価なものではない。
数千円もしない。
けれど。
額の問題では。
なかった。
相も。
自分のために。
何かしてくれる。
それが。
族なのだと。
私はった。
玄関で慎太郎たちを見送り、扉を閉めた。
1。
同じ扉ので。
慎太郎は。
「保証にならないなら族じゃない」
と言った。
あの。
私は。
族を。
失ったのだと。
った。
でも。
本当に。
失ったのは。
方に。
支えるだけだった。
歪んだ関係の方だった。
そして。
度距を置いたからこそ。
今度は。
し違う形で。
親子に。
戻ることができた。
彦がリビングから声をかけた。
「由美子、お茶まだ残ってるぞ」
「今くわ」
私は答えた。
窓のには、穏やかな夕方のが広がっていた。
慎太郎夫婦のを買うためではなく。
誰かの借を保証するためでもなく。
これからのは。
私たち自のために。
使えばいい。
族だから助けることはある。
けれど。
族だから。
何でも。
差しさなければ。
ならないわけではない。
断ることも。
距を置くことも。
には。
相に。
自分ので。
ってもらうことも。
族を。
切にする方法の。
つなのだ。
私はようやく、それをった。
それからさらに半が過ぎた頃、慎太郎から珍しく本の話がかかってきた。
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以なら話の着信を見るだけで構えていた私だったが、最はそういう緊張もほとんどなくなっていた。「今度、今のの更なんだけど、このまましばらく賃貸で暮らすことにしたよ」と慎太郎はし照れくさそうに報告してきた。
「無理して買わなくても、今の暮らしがちゃんと回ってるならそれでいいとってさ。あと3くらい貯して、そのに自分たちの収入だけで買えるところを探すよ」。そう話す息子の声を聞きながら、私は1に8500万円のタワーマンションへ固執していた姿をいしていた。同じなのに、失敗して自分の計と向きったことで、しずつ物の見方が変わったのだろう。
「それが番いいとうわ。ただし、私にいくら貯があるかはもう関係ないからね」と冗談めかして言うと、慎太郎は話の向こうで苦笑した。「分かってるよ。あののことはもう勘弁してくれ」と言われ、私もわず笑ってしまった。以ならその話題に触れるだけで胸がくなっていたのに、今では過の失敗として話せるところまで来たのだとった。
話を切ったあと、私は台所で夕の支度をしていた彦にその話をした。夫は包丁をかしながら「ようやくしになったか」と笑い、それから「俺たちも老にやりたいことを考えないとな」
と続けた。これまでは慎太郎や悠真のためにいくら残すかばかり考えていたが、これからは自分たちのためにもおとを使おうと、でしずつ話すようになっていた。
翌、私たちは以からきたかったへの旅を予約した。決して豪華な旅ではなかったが、働いて貯めたおを、自分たちが楽しむために使うことにもう罪悪はなかった。誰かを支えるも切だったけれど、残されたを自分たち自のためにきることも、同じくらい切なのだと今はっている。
8500万円の保証を断ったあの、私は息子との関係が完全に終わったのだとった。けれど実際に終わったのは、親が与え続け、子どもが受け取り続けるだけの関係だったのかもしれない。度すべてを放したことで、慎太郎は自分の活に責任を持つようになり、私も「母親だから」という理由だけで何もかも背負わなくていいのだとることができた。
今でも私は慎太郎の母親であり、悠真の祖母である。その事実は変わらないし、困ったにはできる範囲で力になりたいとっている。ただし、それは私自が納得して選ぶことであって、誰かから「族なら当然」と命じられるものではない。あの騒を経てようやく、私たち族は互いのの境界線を尊しながら付きえるようになったのだとう。