"預かったままの革靴" 第7話
復員したばかりの老には、べる物がなかった。
駅から駅へ移しながら故郷を目指していたが、はほとんど残っていなかった。
「腹が減って、歩けなくなったことがあった」
今では落ち着いた声で話せる。
だが当は本当に、をきられるかどうか分からない状態だったという。
ある、端に座り込んでいた。
荷物は持っていたが、にべ物はなかった。
そこへ見らぬが来た。
齢も、どこから来たかも分からない。
そのは老を見て、度通り過ぎた。
しかししして戻ってきた。
「べるか」
そう言って、包みをつ差しした。
には握り飯が入っていた。
「俺は慮したんだ」
老は言った。
「そのだって、余裕があるようには見えなかったから」
しかし相は笑った。
「いいからべろ」
それだけ言って、置いていった。
老はでべた。
「うまかった」
し笑う。
「今までべたどんなものよりうまかった気がする」
べ終わった、そのを探した。
だがもういなかった。
名も聞いていない。
所もらない。
どこの誰だったのか、今も分からない。
「いつか返したいとった」
老は話した。
「でも返しようがなかった」
健は黙っていた。
老は革靴へを伸ばした。
指先での傷をなぞる。
「それで、あのおを見た」
たいの。
底の剥がれた靴。
広告
濡れた。
腹が減っているのに仕事を続ける。
「あの、ったんだ」
老は言った。
「俺が返す相は、あの握り飯をくれたじゃなくてもいいんじゃないかって」
健は顔をげた。
「同じに返さなくてもいい?」
「ああ」
老は頷いた。
「俺が誰かに助けてもらった。その分を、別の誰かに渡せばいいんじゃないかってな」
それが正しいのかどうかは分からない。
恩を返したことになるのかも分からない。
ただ、あのの自分と同じように困っているを目のにして、何もしないで通り過ぎたくなかった。
「だから靴を置いたんですか」
「そうだ」
「履で帰って」
「若かったからな」
老は笑った。
「何とかなるとった」
健は18の姿をいした。
きな荷物。
痩せた頬。
古い套。
そしてののを歩いていく履の。
今考えれば、あの男にも余裕などなかった。
自分が使っていた革靴を放すことは、決して軽いことではなかったはずだ。
「でも」
健は革靴を見た。
「俺、結局度も履かなかったんです」
老が目を丸くした。
「何?」
「本当に戻ってくるとってたから」
「18?」
「はい」
老はしばらく健を見た。
やがてきな声で笑った。
「とんでもない頑固者だな」
「おじさんに言われたくないですよ」
「俺は預けるって言っただけだ」
「だから待ったんです」
2はしばらく笑った。
広告
笑いが収まると、老がまた革靴へ目を向けた。
「でも、その靴は無駄にならなかったんだな」
健も棚や作業台を見た。
「これを直したくて、修理を覚え始めたんです」
「そうなのか」
「最初は自分じゃ直せなくて。靴のの作業を見て、教えてもらって」
それがきっかけだった。
そのも修理を覚え、靴へ入り、今ここに自分のを持った。
老は黙って聞いていた。
やがて、さく息を吐いた。
「そうか」
その言には、驚きと堵が混じっているように聞こえた。
「靴はをへ歩かせるもんだろ」
老は言った。
「あの、おには必だとった」
健は何も言えなかった。
実際に履くことはなかった。
それでも、その靴が自分をここまで連れてきた。
老の言葉は、違っていなかった。
夕方になった。
修理を終えた老の靴を健が差しした。
老は履いてちがった。
「どうですか」
数歩歩いてみる。
「いいな」
「よかった」
老は代を払った。
それからをようとして、振り返った。
「その靴、ちゃんと取っておけよ」
18と同じ言葉だった。
健は笑った。
「今度は分かってます」
老も笑った。
そして、古い革靴を持たずにをていった。
老が帰った、健はしばらくの入を見ていた。
商には夕方の通りが増えていた。
買い物袋を持つ女性。
仕事帰りの男。
自転でる学。
18とは違う京だった。
それでも、あののと今が本の線でつながったようにじた。
健は黒い革靴を棚へ戻した。