"預かったままの革靴" 第4話
9歳の子どもが、ので底の剥がれた靴を履いていた。
男はそれを見た。
そして自分の革靴を脱いだ。
「やる」
もしそう言われていたら、健は受け取らなかっただろう。
らないから価そうな物をもらうのは怖かったし、何か理由があるのではないかと警戒したはずだ。
だから男は言った。
「預かってくれ」
健が断れない言い方を選んだ。
そのことに気づいた、胸の奥が痛んだ。
だったら履けばいい。
そう考えたこともあった。
実際、自分の靴は何度直してもすぐに壊れた。
革靴を売れば、しばらくべるにもなった。
それでもできなかった。
もし本当に男が戻ってきたら。
「あの靴、返してくれ」
そう言われた、なくなっていたら困る。
それだけではなかった。
あの靴を履いてしまうと、男が戻ってこないことを認めるような気がした。
だから磨いた。
が変わっても。
季節が変わっても。
何度も。
やがてのつま先の傷が気になるようになった。
健はの靴磨き職が簡単な補修をするところを観察した。
革の扱い方。
糸の通し方。
削れた部分のえ方。
ある、古い靴ので修理作業をじっと見ていると、主から声をかけられた。
「何を見てる」
健は逃げずに答えた。
「そのかかとの直し方」
「何で」
「直したい靴がある」
主は健の顔をしばらく見た。
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「持ってこい」
健は革靴を持ってきた。
「これ」
主はに取り、傷を確かめた。
「ずいぶん古いな」
「うん」
「おのか」
「違う」
「じゃあ誰のだ」
健はし考えてから答えた。
「預かってる」
主は笑った。
それ以は聞かなかった。
代わりに、簡単な補修の仕方を教えてくれた。
健はで覚えた。
磨くだけではなく、壊れた靴を直す。
その面さを初めてった。
あのが、健を次の仕事へ連れていった。
昭30代に入ると、京の景は急速に変わっていった。
焼け跡だった所に建物がち、駅のも備されていった。以は珍しかった乗用も増え、々の装もしずつるくなっていった。
それと同に、駅で靴を磨いていたたちも減っていった。
何も同じ所にいた仲が、ある突然来なくなる。
「へ入ったらしい」
「親戚ので働くんだって」
「阪へったらしいぞ」
そんな話を聞くことが増えた。
健もいつまでも駅で靴磨きを続けるつもりではなかった。
磨く技術には自信がついていたが、それ以に、今は壊れた靴を直すことへ興を持っていた。
底が剥がれた靴。
かかとがすり減った靴。
縫い目が切れた靴。
磨くだけでは戻らない靴が、をかければ再び履けるようになる。
そこに面さをじていた。
やがて健は、さな靴で働くようになった。
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最初は掃除や荷物運びだった。
を掃き、具を並べ、客から預かった靴に札をつける。
仕事が終わった、先輩職の作業台を借りて練習した。
「そこ、削りすぎだ」
「革を引っ張るな」
「針は真っ直ぐ入れろ」
叱られることもかった。
それでも健は辞めなかった。
自分には、戻るがあるわけではない。
この技術があればべていける。
何より、壊れた物をもう度使えるようにすることが好きだった。
何かすると、客の靴を任せてもらえるようになった。
「このかかと、までにできるか」
「やってみます」
「やってみますじゃない。できるか、できないかだ」
「できます」
そう言って徹夜にい仕事をしたこともあった。
を直すたび、技術が増えた。
底を張り替える。
革を縫う。
形をえる。
に当たる部分をし伸ばす。
客が履いて歩いたに違がないよう、見えないところまで確認する。
主はそんな健をよく見ていた。
ある、客が帰ったに言った。
「お、最初に来た頃と全然違うな」
健は作業台から顔をげた。
「そうですか」
「駅で靴磨きやってた僧が、今じゃみたいな顔してる」
「まだじゃないです」
「分かってるならいい」
主は笑った。
健はで働きながらも、あの黒い革靴だけはずっと元に置いていた。
む所が変わっても、仕事が変わっても、その靴だけは持っていった。
履くことはなかった。
売ることもなかった。
々、仕事が終わった夜に箱から取りした。