"質屋に出された夫の時計" 第3話
「し揉めていたように見えました」
「揉めて?」
「詳しくは分かりません。ただ信介さん、最ずっと会社と何かあったみたいで」
初めて聞く話だった。
「何かって?」
「そこまでは」
男は申し訳なさそうに首を振った。
帰宅した千代は、傾いたのを見回した。
信介は仕事のことをほとんどで話さなかった。
疲れた顔をするはあっても、
「どうしたの」
と聞けば、
「仕事だ」
それだけで終わった。
本当に自分は、夫のことをっていたのだろうか。
その夜。
千代は信介の机を調べ始めた。
机そのものは倒れていた。
引きしがびし、帳面や封筒が畳のへ散らばっている。
普段なら、夫の仕事机を勝に触ることなどしなかった。
しかし今は違う。
何か掛かりが欲しかった。
類を枚ずつ確かめる。
料の記録。
の所。
資材の納品。
特に自然なものはない。
最に、番の引きしへを入れただった。
奥の板に何かが引っかかった。
指を差し込む。
さな属音がした。
取りしたのは本の鍵だった。
千代は見たことがなかった。
の鍵ではない。
会社の倉庫の鍵とも形が違う。
「何の鍵……?」
さらに帳面を持ちげると、そのからつ折りの片が落ちた。
く。
い文字だけがかれていた。
「本郷 松葉荘 階号」
千代はしばらくけなかった。
本郷。
宿らしい名。
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階号。
そしてらない鍵。
胸の奥がえていく。
夫には。
自分のらない部があったのかもしれない。
「松葉荘」という名をってから、千代ので信介の姿がしずつ変わり始めた。
毎朝同じにをる夫。
仕事から戻れば黙って夕飯をべ、呂に入り、聞を読んで寝る夫。
特別優しくもない。
しかし嘘をつくではない。
千代はそうっていた。
ところが、らない鍵がてきた。
本郷の所までいてある。
何のために部を借りていたのだろう。
女がいたのか。
そう考えた瞬、自分でも驚くほど胸が痛んだ。
しかし信介に女の気配をじたことはなかった。
帰りが遅いもあったが、着物にがついていたことも、遣いが荒くなったこともない。
むしろ最の信介は、以よりに細かくなっていた。
それなのに。
数、さらに気になる話を聞いた。
所のに勤めている男が、寺で千代を見つけて声をかけてきた。
「信介さんのことで、言うべきか迷ったんですが」
「何ですか」
「震災の週くらい、うちのに来ていました」
それだけなら議ではない。
ところが男は続けた。
「まとまったをろしていたんです」
「いくらです?」
「正確な額は言えませんが……普段の活費ではないといます」
千代の喉が乾いた。
信介は料をほとんど千代へ渡していた。
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しかし結婚から持っていた個座があることはっていた。
そこからをろした?
何のために。
さらに別の。
丸田組の同僚から、もっと解な話を聞いた。
「そういえば信介さん、野駅で見たって奴がいるんです」
「野駅?」
「8の終わりです」
信介が切符売りに並んでいたという。
「どこきの切符かは分かりません。ただ、汽の切符を買っていたらしい」
部。
。
汽の切符。
つずつなら、何でもない話かもしれない。
けれどつが並ぶと、千代のには別の形が浮かんだ。
夫は震災が起きるから。
京をれる準備をしていたのではないか。
91の朝、
「今夜はし遅くなる」
と言ったのも。
その夜、へ戻らないつもりだったからではないのか。
そして偶然、震が起きた。
会社の建物は崩れ、誰が助かり誰がくなったのかも分からなくなった。
もし信介がきていたなら。
この混乱ほど、姿を消すのに都のいい状況はない。
千代はその考えを何度も否定しようとした。
けれど懐計のが邪魔をした。
計を別の男へ渡した。
あるいはどこかに置いていった。
自分がくなったとわせるために。
「そんなじゃない」
にしてみた。
誰も答えなかった。
震災から10ほど経つと、本郷方面へ向かうもしずつ通れるようになった。
千代は鍵と所をいたを帯の内側へ入れ、朝から松葉荘へ向かった。
本郷の裏通りにある古い階建ての宿だった。
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