"「母に腎臓をくれ」と泣いた夫――手術直前、私は提供を取り消した" 第1話
私は、にしていた見いのタオルを静かにベッドの柵に置いた。
病の窓からは、の柔らかな差しが差し込んでいる。
同の患者である配の女性が、親しげな笑顔で私に話しかけてきた。
「さっき、お嫁さんと庭へ散歩にましたよ」
女性はニコニコと笑った。
「てっきりあなたが娘さんかとっていました」
私はく答えた。
「私が嫁ですが」
私のそのい言葉に、患者の女性は瞬だけ目を丸くした。
そして、気まずそうに線をそらした。
「あら、ごめんなさい。息子さんが『妻です』って紹介していたものだから、てっきり……」
その言葉が落ちた瞬、病の空気がたく張り詰めた。
私は鳴りもしなかった。
泣き叫ぶこともなかった。
ただ、臓の奥がたいでく掴まれたように、ヒヤリとしただけである。
湯呑みを持とうとした指先が、微かに震えていた。
今は、義母の子に私の腎臓を提供する体移植の術だ。
正確には、最終の術検査を終え、午から術に入る予定であった。
ドナーである私は、本来ならもっとく病に来るはずだった。
義母と緒に、医師の説を聞くはずだったのである。
しかし今朝、夫の浩司は玄関で私の肩を優しく抱き、こう言ったのだ。
「由美は術の準備で疲れているだろうから、昼にゆっくりくればいいよ」
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彼は微笑んだ。
「母さんの着替えやの回りのことは、俺が全部やっておくからさ」
夫のその優しい言葉の裏にあった本当のを、私は今、はっきりと理解した。
夫は私を病からざけたかったのだ。
私が来るまでの、別の女性を本当の嫁として義母のそばに置くため。
そして、族としてのを楽しむために。
私は無言のまま、義母のベッド周りを見渡した。
綺麗にえられた枕元には、私が用したものではない、淡いピンクのカーディガンが置かれている。
義母は昔から「ピンクなんて派なはみっともない」と言っていた。
私が誕に贈ったカーディガンを、何度も突き返してきただ。
しかし目のにあるそのカーディガンからは、ほのかに甘い若い女性のの匂いがする。
違いなく見らぬ女性が選び、義母もそれをんで受け取ったのだろう。
私はカーディガンの袖に軽く指で触れ、そして静かにをした。
しいのではない。
自分の命の部を削り、厳しい事制限や痛みを伴う検査に耐えてまで助けようとしていた。
その相が、ここまで私を愚弄していたという事実。
それに、得体のれない静かなりが湧きがっていたのだ。
私は、肩から提げていた黒いバッグのみを確認した。
ゆっくりとした取りで病をて、庭へと向かった。
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病院の廊は、い消毒液の匂いに包まれている。
忙しそうにき交う護師たちの音が響く。
すれ違う々の顔は、誰も私のことなど気に留めない。
私は歩きながら、この半のことをいしていた。
義母の腎臓病が悪化し、親族ので適したのが私だけだと分かったのこと。
夫は涙を流してをげた。
「由美さん、母さんを助けてくれ」
私はその涙を信じ、自分の体を傷つける覚悟を決めた。
けれど、あれは全て嘘だったのだ。
庭にると、眩しい差しが目を刺した。
し歩いた先にある、藤棚ののベンチ。
そこに見慣れたつの背があった。
夫の浩司と、子に乗った義母である。
そしてその子の横にしゃがみ込んでいる若い女性の姿があった。
女性は義母のを優しく両で握っている。
「お母さん、午からの術頑張りましょうね。私がずっとそばにいますからね」
女性の甘えたような声が、に乗って私のに届いた。
義母は、私には決して見せないような満面の笑みを浮かべている。
そして、女性のを撫でていた。
「ありがとう美穂さん。あなたが本当の娘になってくれたら、どんなに良かったか」
義母は酷な言葉を吐いた。
「あの気の利かないたい女の腎臓をもらうなんて、本当は嫌でたまらなかったのよ」
夫がそれに答えた。
「母さん、もうしの辛抱だよ。術が終わってあいつが退院したら、予定通りにめるから」
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